講師紹介

須田  春海氏

昭和17年東京生まれ。
東京都立大学中退。東京都政調査会研究所員などを経て、昭和56年市民運動全国センター設立に参加、昭和58年より代表世話人。
平成2年アースデイ・日本・東京連絡所設立。
社団法人東京自治研究センター理事、環境アドバイザー。



1.絶望からの出発

人間社会の影響が巨大になりすぎ、それを制御することが極めて困難と思われることが幾重にも私たちをとりかこんでいる。
その代表として以下の事柄を挙げることができる。

@地球環境−温暖化の進行と生物種の減少−生命基盤の危機。
A化学汚染−環境ホルモン物質を含め、合成化学製品づけ−生命存在の危機。
B遺伝子操作−人間の道徳を超えた「生命倫理」の危機。

このような状況の中で、私たちは自分達に対して、「健全」で「優しい」市民社会をどのようにしたら作れるのか、を問うていかなければならない。

地球環境問題の代表例である温暖化について、はたして具体的に現状(1990年)より50〜70%削減することは可能なのだろうか。
60%減という数字目標は、日本では1967年頃の生活水準にあたる。
たった30年前の生活水準ということであるが、現実には、その頃の生活水準に戻ることは難しいだろう。
技術の進歩を考慮すれば、1980年代初頭の生活水準で十分なはずである。
いわばバブル前に戻るだけなのだが、実際は2000年で0%(CO2排出ベース)という目標を2010年で0%と引き延ばしただけで、政治経済システムは動いている。
このことは何を意味するか。
それは「目標は分かっていても、合意形成は難しい」ということだ。
考えてみると、このような現象は、温暖化だけに限らない。
〈戦争より平和〉が〈貧困より豊さ〉が〈抑圧より自由〉がいいに決まっている。

しかし、合意形成を実現することが、今という時代にいかに困難かを考えると、絶望的にならざるをえない。
次のことが困難さを増すのに寄与している。

@ 合意主体の葛藤−近代国家の枠組の崩壊。
A合意主体の格差の拡大−絶対的貧困層と過剰消費層の併存。
B人間不在の組織の暴走−無責任体系のシステムが世界に大きな影響をもたらす。

組織、団体の利害で動いていることがあまりにも多く、誰かが気がついたとしても個人の努力ではどうにも解決することはできない。
個人はむなしい気持ちになる。
また、一つのしくみを変えるのには、長い時間がかかる。
巨大なシステムで動いているものを変えることは、そうそう簡単ではない。

格差の拡大は、地球上での人間社会の合意形成がいかに難しいかを如実に示している。



この図は、世界の人口を所得別に5分割して、各レベルの人口が、どこにどのくらい散らばっているのかをみたもの。

一番お金持ちの人々(20%)が82.7%の富を所有している。
一番お金を持っていない人々(20%)は1.4%の富しか所有していない。
60%の人々全部をあわせても、5.6%の富しか所有していない。




地球上の人口を50億人とした場合、10億人の人々が(日本もここに含まれるであろう)8割の富を所有し、30億人は、ほとんど富がないという現状を表している。
では、貧困層の人々が経済発展すれば解決するのかというと、そうではない。
温暖化にみられるように、資源の枯渇、CO2排出等の許容限界を超えつつあり、もはややみくもの経済発展は不可能なのである。
また、これは、以下のようにたとえることもできる。
100個のパンがあり、100人の人がいる。
20人が早く来て、83個のパンを食べたので、残りの80人は17個のパンしかなく、これを分けあって食べなくてはならない。
20人で83個のパンを食べた人は、当然食べきれないので残ったパンをさまざまな形で援助にまわす。
援助にまわった様々な地域で、サービスが商品化される。
非貨幣的な供給(豊かさのようなもの)がどんどん商品化され、格差がどんどん広がっていく。
ODA(政府開発援助)のレベルで、この格差を解決することは難しい。
皮肉にもODAが始まってこれらの格差が広がってきたのである。



2.〈市民社会〉と〈市民セクター〉と〈市民団体〉

では、なぜこんなに地球は傷つき、世界は歪んでしまったのであろうか。
その原因はいくつかに分析できるであろう。
ここでは、その原因の一つを、すべての意思決定が、国家利益、企業利益、団体利益を優先するシステムに転換され、個人や市民の意思からかけ離れて決定されてしまう構造に求めたい。
一人が気づいても、その社会の軌道修正は途方もない大事業で、思うにまかせない。
そこに絶望感が漂うのである。
そこからの脱出口として、新しい社会理論が求められるようになり、〈市民社会〉と〈市民セクター〉と〈市民団体〉との役割が注目されることになった。
まず、この役割を国際レベル、国レベル、地域レベルに分けて整理してみよう。

NGOの役割
国際レベル国の行動の監視と誘導
国レベル三つのセクター(政府、企業、市民)の要
地域レベルコミュニティの主体

@市民社会の機構を三つの領域に分けて構成する。

官民という二分法、しかも官が民を支配するという一方通行を見直す。
市民社会が、政府・企業・市民という三つの領域、それぞれに団体・組織を〈作っている〉という思想を確かなものにしていく。
その思想にふさわしい仕組みに作りかえていくことが大切になる。
これまでの日本の意思決定は、あまりに〈官〉が〈政〉治家を媒介にあくなき成長を追求する〈財〉と結びついて、いわゆる政・官・財の鉄の三角形を形成し、いわば闇の支配システムを形成してきた。
そのツケがいま一挙にふきだし、日本を行きづまり状態に追い込み、世界のなかでも孤立させてしまっているのである。
この現実から脱出するためには、市民団体の活躍に道を開き〈分節政治理論〉とか〈三領域社会理論〉が必要とされる。

三つの領域(セクター)同士の相互関連は以下のとおりである。
◆相互補完(パートナーシップ)
◆相互代替(オールタナティブ)
◆相互牽制(チェックアンドバランス)


A日本的現実を直視する
日本では、この三つの領域の要である「市民セクター」が未形成である。
強い国家と強大な産業に挟まれて、その存在する余地がなかった。
また、本来あるべき位置には、いわゆる公益法人が浸蝕し、いわば官や財の植民地状態になっている。
今回、NPO法が成立し、やっとのことで陽の目をみるようになったが、まだスタート台にたったにすぎない。しかし、希望はもちたい。



3.希望のトライアングルの形成

三つの領域の三つの機構は、すべて市民機構である。
市民が作っている組織であり、その機構がどんな実態にあるのか、そのことに責任を負うのも市民自身である。
いいかえれば、市民は、社会のあり方すべてに責任を負っているのであり、その責任主体がその責務を果たすのにふさわしい機構へと作り変えることになる。
政府は〈法の機構〉、産業は〈市場の機構〉、市民組織は〈良心の機構〉といえる。
法による公正、財による豊さ、良心のやさしさが、相互に浸透しあって、市民社会はバランスのある状態を保つことができる。

ここで、三つのセクターの特徴をまとめてみた。
現実とのギャップがあまりに大きいが、そのことに失望することはない。
なぜなら、こういう考え方自体、まだ、ほんのとば口であり、これから大いなる挑戦がはじまるからだ。

各セクターの特徴
政府セクター企業セクター市民セクター
理念公正創造
目的法の制定・執行・遵守生産物の交換による財貨の蓄積自由な市民活動の展開
方法市場共感
媒介文書貨幣感情
組織公法人
中央政府
自治体政府等
営利法人
株式会社
有限会社など
非営利法人
市民団体
公益法人など
財政 フロー売り上げ会費・寄付
ストック国公有財産生産手段共有財産
性格代表性経済性独立性
特長強制力・組織性浸透力・任意性起動力・伝播性
欠陥 システム硬直的・独断的排除的・差別的独善的・非管理的
個人権力欲金銭欲名誉欲
市民制御の
基本原理
原理信託 解任購入 不買参加 離脱
主体有権者・納税者消費者・投資家会員・支持者
(出典)須田春海著「政策提案型市民運動のすすめ・理念編」
(社会新報ブックレット、1993年12月刊)p26をもとに修正・加筆

三つの領域が協力して市民社会の〈共通目標〉を実現する。
では、その〈共通目標〉とは何か。
暮しやすい社会をどう作りだすかということだが、いま、市民の共通目標としては、次のようなテーマがある。
@身体の状況がどんな具合でも差別を受けない社会の形成
A男女が性の違いに生活をしばりつけらることのない社会の形成
B文化や宗教・民族の異なる人々が同じコミュニティで生活する多元文化社会の形成
C 都市でも農村でも環境と共生するエコロジカルな社会の形成、
などこれらの共通目標を達成するためには、
・政府改革−分権−市民立法の活性化
・産業改革−市場の選択−株主主権と社会責任投資
・市民組織改革−自律−相互信頼の確立、が必要である。
このことによって、官の支配や巨大企業の支配という〈超然たる支配の時代〉に終止符をうち、〈市民が責任を負う市民社会〉を作り出すことができるだろう。



4.地球環境問題を解決するための道筋

鉄のトライアングルは、権力欲・金銭欲・出世欲が強固に結びついてできあがった。
希望のトライアングルには、そんな便利な接着剤はない。
帰するところ、市民一人ひとりの素養の問題にまで還元されるか、あるいは強い宗教への期待が生まれるか、ということになるのだろうか?
私は楽天的市民主義の立場にたつ。
公正さ、豊かさ、やさしさの対抗概念は何か。
不正・腐敗、貧困・不平等、無関心・差別であろう。
このことを克服するためにこそ、市民セクターに無数の市民イニシアティブが生まれる。
その無数の市民イニシアティブこそ〈見えざる手〉として市民社会を〈改革〉する〈永久運動〉の原動力となるはずである。

では、三領域の活動課題を整理してみよう。
・政府−環境法の制定−規制・誘導
・産業−LCAなど−環境コストの内部化
・市民−ライフスタイルの改革−グリーンコンシューマー、緑の政策、国際NGO
この三者による合意形成の実験は、日本でも少しずつ始まっている。
まだ、成果といえるほどのものはないが、「持続可能な開発に関する日本評議会(JCSD)」の存在である。
JCSDは、政府セクター、産業セクター、市民セクターから、それぞれ代表者が参加して、交流を重ねている。
この仕組は、いまの日本の意思決定機構のなかで最も非日本的なものである。
それだけに、特に政府の理解は得られにくいし、官には警戒される。
それでも動き出している。
これからの希望への変化の兆と見たい。

 
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