講師紹介

小宮山 宏 氏

昭和19年生まれ。
東京大学工学部卒。同大学院博士課程修了。工学博士。
現在、東京大学工学系研究科化学システム工学専攻教授。


21世紀を目前にして、持続可能なエネルギーとはどんなものかということに、我々の関心は強まっている。
現在、我々をとりまくさまざまな環境問題の解決方法を考えるとき、この問題が複雑に入り組んでいるために、我々はどうしていいかわからない状態にある。
2050年という将来を一つの目安に、我々はどんなイメージで取り組むべきか。
全体の枠組みについてのコンセプトを考えてみたい。

自然の下では、毎年四季の変化がある。
CO2や炭素の収支は、以前は1年たつと元に戻っていたのが、今は元に戻らない。
その顕著な現象が「温暖化」である。
では地球の温度は何によって決まっているのか。
じつは、惑星の温度は明確な原理で決まっている。

1.地球の温度

惑星の温度を決めるメカニズム 惑星の温度は、太陽に暖められることにより温度が上がるため、太陽に最も近い位 置にある水星が一番温度が高い。
太陽から離れるに従い温度は低くなっていく。
金星の平均温度は400℃位で、地球は約15℃、火星は−50℃である。

太陽の表面温度は6000℃近くある。
太陽に暖められた惑星がなぜ、そんなに暖かくならないかというと、「冷えるメカニズム」があるからである。

「冷える」ということは、宇宙に赤外線を放射するということである。
熱の移動には伝導、対流、放射というメカニズムがある。
伝導、対流は物がないと伝わらない。
地球は球体である、宇宙という真空の中に浮いている地球という球を冷やすメカニズムは放射しかない。
また、高い温度のものからはたくさん輻射熱がでて、低い温度のものからは少ししかでない。
太陽から受けたエネルギーをバランスよく宇宙に逃がすことにより惑星の温度は決まっている。
すなわち、熱をたくさん受ける水星はたくさん逃がさなければならないから温度が高いというきわめて単純なメカニズムである。

しかし、このメカニズムを狂わせるものが二つある。
地球は1uで1360Wの熱を受けているが、雲などに熱が反射され、1360Wの全ての熱は地表まで入ってこないという「反射の作用」がある。
地球の場合には約30%くらい反射されている。
本当だと地球の温度は−20℃位になる。
もう一つは、「温室効果」である。逃げようとする水やCO2は赤外線を吸収する。
吸収した赤外線の半分を外に吐き、残りを内側に吐く。
この内側に吐く分が「温室効果」である。
これが1360Wに加わり、地球の平均気温は15℃位になるのである。
ここまでは確かなのだが、温暖化というのは不確実性が高い。
注意すべきことは、確かな部分と不確かな部分をきちんとおさえておかなくてはならないということである。
現在、地球上に33℃の温室効果があるということは、物理的に確かな事実である。
そして、CO2の濃度が増えると、温室効果が大きくなるということも事実である。
だが、濃度が濃くなったとき、何度になるかということは、不確かである。
さらに、オホーツク海の温度が上がるのか、東京の温度が上がるのかというような話になってくると、不確実性はますます高くなるのである。
これがわれわれの不安のもとなのである。



2.20世紀は膨張の世紀

なぜ、このような不安にさいなまれなくてはならないのか。
それは、「20世紀は膨張の世紀」とまで言えるくらいに、今世紀に入ってからあらゆるものが「膨張」したからである。
いくつかの例をあげてみよう。

●人口:
20世紀にはいり爆発的に人口が増加した。
1900年に約16億人と推計されている数字は、1999年にはとうとう60億人に達した。
4倍近い増加である。

●農業:
農業の生産性は飛躍的に向上した。
現在では、20世紀初頭の8倍の生産量をあげている。

●鉄の生産量:
1990年代の40倍。
鉄は古代から造られてはいるが、大量に造ったのは20世紀後半に入ってからである。

●エネルギーの消費量:
産業によるものづくりと人間生活で使用するエネルギー消費は、原子力と水力と薪以外は、ほとんどすべて化石資源によるものである。
古来から、化石資源は使用はしてきたが、大量に燃やし始めたの20世紀に入ってからである。
しかも20世紀後半になって大量の資源を使用しているのである。

このように食糧、物質生産、エネルギー消費などをみただけでも、20世紀はすさまじい膨張の世紀であったといえる。
では、このままの調子を続けていくと21世紀には何がおこるのだろうか?。

●地球の温暖化
まだ現在では緊迫感は強くはないが、21世紀初頭には、誰もが否定できない形で地球の温暖化は深刻な問題として顕在化するはずである。

●石油の枯渇
石油の寿命はあと40年といわれている。
これは、現在確認されている埋蔵量を一年間の消費量で割った数値(R/P)で、あと40年で枯渇するという意味である。
今後新しい油田が発見されたりして埋蔵量が多くなれば、利用できる時間も長くなる。
逆に消費量が多くなれば短くなる。
現在様々な根拠が出されていて、大油田が発掘される確率は小さくなっている。
アメリカのR/Pは9年。北海の油田も一けたである。
21世紀の中頃に本格的に枯渇する可能性がある。

●人工物の飽和
人工物はたえまなく蓄積を続けている。
その結果が近代都市の姿であるといってもよいだろう。
新しいビルを建てるとき、古いビルを壊して立て直すというのが日本をはじめとする先進国のやり方だ。
さら地にビルを建築するという場合が少なくなっている。
この状況は、ビル建築の主要資材であるセメントの生産量からも推察できる。
現在の世界の総生産量は、15億トンであるが、かつて世界一の生産量であったアメリカでは、すでに70年頃から約8000万トンとほぼ飽和傾向にある。
日本でも同様に飽和傾向を示している。
現在、世界一のセメント生産国は中国である。
上海を代表とする中国各地の急激な都市化が膨大なセメントを消費しているのだ。
だが、上海においても建築物はいずれ飽和に近づくであろう。
人工物が飽和するということは、新たに必要な素材と等しい量の人工物が廃棄されることを意味する。
したがって、天然資源の採取をせずに、廃棄物をリサイクルによって生産することが必要となってくる。
このことを具体的に「鉄」を例に考えてみよう。

年間8億トンの鉄が生産されているうち、鉄鉱石を原料として溶鉱炉で造られる鉄は約70%、スクラップを原料として電炉で造られるのが30%である。
これまで人類が生産した鉄の総量は約180億トンと見積もられているが、そのうち推定約100億トンの鉄が人工物として世界に存在している。
過去に鉄鉱石を還元して造った鉄の相当部分は、ゴミとして捨てられたわけではなく、社会に蓄積している。
人工物の蓄積量が増せば、その量に比例してスクラップが発生する。
もし、鉄を使用した人工物の寿命が平均30年とすれば、蓄積量の1/30のスクラップが1年間に発生することになる。
このままいけば、やがて現在の鉄の生産量以上にスクラップがでてくることになる。
この飽和状態を回避するためには、長期的に鉄鉱石から造る鉄を減らし、スクラップを効率よく利用していかなくてはならない。




3.循環型社会へ〜ビジョン2050

今なんの処方もせずに傍観していれば、近い将来、地球温暖化、資源の枯渇、人工物の飽和というきわめて悲劇的な地球の姿が見えてくる。
ではどうすれば、これを回避できるか。
この問いに対する答えの一つは、「エネルギーをどう使えばいいのか」ということである。
資源の使い方をリサイクル型に変えて循環していくのである。
我々は実際にエネルギーを何に使っているのだろうか。

日本のエネルギー消費の割合 (合計:石油換算5.73億トン、炭素換算3.21億トン)

@エネルギー変換:31.6%
発電、石油精製

Aものづくり:32.4%
化学、鉄鋼、セメント・ガラス、紙・パルプ、製造業、農水鉱業

B日々のくらし:34.6%
家庭、オフィス、輸送(旅客・貨物)

日本は、年間一人当たり2.4トンを消費している。
日本に輸入される年間3億トンのほとんどが、まず製油所と発電所に送られる。
精油所に60%、発電所に25%、ガス会社に5%といったところである。
残りは、製鉄用の石炭である。
製油所も発電所もガス会社もそれ自身はエネルギーを使うことを目的としていないから、エネルギーは別 のところで使われているということで、それが、「ものづくり」と「日々のくらし」の場ということになる。

今後エネルギー資源を化石燃料に頼らないとすれば、考えらるのは、代替エネルギーである。
代替エネルギーの種類。

◆太陽
直接的には、光、熱。
間接的には、水力、波力、風力、温度差、濃度差…
◆核
◆地熱
◆重力:潮の満引き

この中で、核を利用する原子力は、クリーンではあるが、安全性に対して不安がつきまとう。
一方、太陽は安全ではあるが、太陽電池を作るのにエネルギーがかかってしまう。

他にも水力、風力などの代替エネルギーの可能性があるが、これは地域によって蓄電量 の差が大きい。
現在の状況ではこれらのエネルギー総量は、現在使用されているエネルギー全体の10%も賄えてはいない。
しかし、もちろん使える分は使ったほうがいいわけで、将来的には、太陽なりバイオマスを利用すればよい。
それぞれの時間のスケールやポテンシャルに応じて、適切な開発をすればよいはずである。
いずれにしても、現在の化石資源を現在のエネルギー使用の密度で賄おうとするのは技術的に非常に難しいということである。

エネルギー技術の進歩がもっとも早かったのは原子力である。
開発当初は、夢のエネルギーともいわれていた。
現在は、世界のエネルギー供給量の5%を賄っている。
電力分野では10数%に及ぶ。
日本での電力供給に占める割合は30数%。ここまで利用されるようになるまでに40年近くかかっている。
インフラを含めた周辺技術を整えるのには、投資と時間がかかるのである。
この意味では、バイオマスやその他のエネルギー技術は、十分に整備できるまでにはまだしばらくの時間が必要である。
そうなると、即効的に効果があって、地球環境を守るためにも意味あるエネルギーとは、「省エネルギー対策」ということになる。
新しいエネルギーシステムを構築するには時間がかかる。
したがって2050年までに、めざすべきことというのは、「延命」である。
今ある石油エネルギーの寿命をできるだけ延ばし、その間に循環型社会に移行できるよう努力するのである。

【省エネルギー】
ポイントは「節約」と「効率」である。

節約 効率化
家庭 暖房温度を下げる 断熱ハウス
産業 生産を減らす 原単位を減らす
電力 発電量を減らす 発電効率を上げる
自動車 乗らない 燃費を良くする

ビジョン2050の基本的前提

@エネルギー利用効率を3倍にする。
A物質循環のシステムをつくる。
B自然エネルギーを2倍にする。

現在と比較し、輸送が1/4、家庭とオフィスのエネルギー使用量が1/4、素材づくりが1/3、建設、家電、重機械といったその他の産業で1/2に削減する。
これらをエネルギー消費量の重みをかけて平均すると、1/3以下にエネルギー消費を減らすことに相当する。
ビジョン2050で前提としているように、エネルギー利用効率を3倍以上に向上させることができるはずである。
具体的に「ビジョン2050」に示したように、個々のエネルギー効率をあげ、物質循環型の社会にむかう基本合意に努力し、同時に、自然エネルギーの開発に努力することが、21世紀の地球持続のために必要不可欠な姿勢である。



【参考文献】

「地球温暖化問題に答える」 小宮山宏 東京大学出版会
「地球持続の技術」 小宮山宏 岩波新書

 
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