講師紹介

石坂 匡身 氏

社団法人海外環境協力センター顧問。元・環境庁事務次官。
昭和14年生まれ。東京大学法学部卒業後、昭和38年大蔵省入省。
主計局調査課長、名古屋国税局長、官房審議官、理財局長を経て、平成6年環境庁企画調整局長。平成7年務次官、平成8年退任後現職。


1.社会的背景

「環境基本法」の前身には、昭和42年に制定された「公害対策基本法」がある。
「公害対策基本法」制定後約30年を経て、「環境基本法」が制定されることになった。
この「公害対策基本法」から「環境基本法」へと移行する社会的背景について少し復習をしておきたい。
日本は高度経済成長に伴い昭和30年代後半から激甚な公害問題が発生し、社会の関心が高まった。
四日市市や川崎市での大気汚染、琵琶湖、霞ケ浦などでの水質汚濁、駿河湾ヘドロなどの環境破壊、公害問題である。
これに対応して、さまざまな対策がうたれた。
昭和33年には、公共用水域の水質の保全についての法律、工場排水等の規制についての法律が、昭和37年には建築用地下水の採取の規制に関する法律、煤煙の排出の規制等に関する法律、などが立法化された。
この延長線上に、昭和42年に「公害対策基本法」が制定された。
昭和42年前後はさまざまな公害問題が裁判となり、集中的に判決が出た時期でもある。
新潟水俣病の判決は1971年、熊本水俣病は1973年、イタイイタイ病は1972年、四日市ぜんそくは1972年。
いずれも原告側の勝訴であり、これにより企業側の民事責任が確定した。

当時の環境問題というものは、即公害問題であり、産業公害、企業公害の問題であった。
したがって、このとき立法された「公害対策基本法」とは、そうした観点から構成されていた。
この「公害対策基本法」では、典型7公害(大気、水、地盤沈下、土壌汚染、騒音、振動、悪臭)を規定し、これに対するさまざまな対応措置が規定された。

その後さまざな形で立法整備され規制措置が講じられた。
また、脱硫装置、発電装置技術などの技術革新もめざましく進んだ。
産業公害を撒き散らすような企業の存立を許さないというように産業公害に対する国民の認識も変わり、企業側の意識も大きく転換した。
こうして「公害対策基本法」が一番問題にしていた産業公害の問題は徐々に沈静化していった。
(現在でも産業公害の問題がなくなったわけではない。)

ところが、1990年前後から、大変重要な環境問題が意識されるようになった。
それは、大きく以下の3つに大別できる。

@通常の社会経済活動による環境への負荷の増大
車の所有が当たり前になるなど、我々の日常生活によって引き起こされたCO2排出、大量に排出される一般廃棄物と産業廃棄物、環境ホルモンなど、普通の生活をしているだけで起こってくる環境問題である。
我々は環境問題に対して、加害者であり被害者であるという今までになかった新たな図式が出てきたのである。

A地球的規模で対処すべき問題の顕在化
地球温暖化、酸性雨、フロンによるオゾンの破壊、野生生物の減少、熱帯雨林の減少、砂漠化など、極めて長い年月をかけて地球全体にひき起こされた環境問題の顕在化。
人類の生存の危機に影響を与えかねない問題でもある。

B身近な自然の減少
都市化が進み、我々の身の回りにあった森や草花などの自然がすさまじい速さで消滅している。

これらの問題は、一国だけではなく世界的な広がりをもっており、世界中の国が同じ意識でこの問題に対処しなければならない、という観点から大変困難な問題として直面している。
特に、発展途上国にとっては、経済的に豊かになるためには、先進国がたどってきた産業公害の歴史をたどることになる。
これをどうやって克服しなけれなばならないか。
発展途上国は、先進国が犯した産業公害の歴史をたどらずに経済を発展させなければならないのと同時に、先進国が直面している現在の環境問題にも直面している。
20世紀は、物質の豊かさを求めた時代。
21世紀は、こうした20世紀の「つけ」を克服しなければならない時代
である。
このような問題が重要な課題として世界的な認識として共有されたのが、1992年に行われた「地球サミット」である。
「環境基本法」制定にはこのような背景がある。


2.「環境基本法」制定までの経緯 (平成5年11月に成立)

(1)平成3年12月5日
当時の環境庁長官から、中央公害対策審議会、自然環境保全審議会に対して「地球化時代の環境政策の在り方について」諮問が行われた。
これは、「地球サミット」を前に、環境政策の総合的な展開をどうすべきかということを議論し、「地球サミット」に臨もうということから行われた。
この議論のなか、国際環境協力の在り方について広範な議論の中で浮上してきたのが、「環境基本法的」なものをつくらなければならないという考えである。

(2)この諮問に対する答申(平成4年5月)
今後の国際環境協力を推進するにあたって、国内での基盤整備のためにも環境保全に関する総合的な法制の在り方について検討することが望まれる。
法制の在り方について検討することが必要という答申内容である。

(3)地球サミット(6月)
当時の環境庁長官は、「新しい地球環境時代にふさわしい法整備を政府部内で検討している」旨を国際会議の場で表明した。

(4)「環境基本法制の在り方について」諮問(7月)
二つの審議会の企画部会に「環境基本法制の在り方について」が付議された。
これにより20回以上審議され、さまざまな団体や人々へヒアリングを行った。
@環境政策の計画的総合的推進のあり方。そうした仕組みが必要だということ
A経済的手法を環境基本法制の中でどのように位置づけるか
B環境影響評価について環境基本法制の中にどのように位置づけるか
C情報公開どのように扱うか
などの議論が活発に審議された。
後に環境影響評価については立法化されたが、環境税についてはまだ立法化されていない。

(5)答申(10月20日)

(6)閣議口頭了解(10月23日)
政府として「環境基本法」を作るということが確認された。
その後、環境庁が中心となって立法作業が進んでいった。
この過程で、政府与党(自民党)政務調査会の中に、環境基本問題調査会が作られ議論を重ねていった。

(7)環境基本法法案要綱を両審議会に諮問、答申(3月8日)

(8)環境基本法案閣議決定、国会提出(3月.12日)

(9)環境基本法成立(11月12日)、公布、施行(11月19日)


3.「環境基本法」の骨組み

基本法という名前の法律は、教育、原子力、農業、災害対策、中小企業、林業、消費者保護、観光など全部で12本ほどある。
「環境基本法」は、第一条にあるように、「環境に関する国の政策の基本的な方向を示す」法律である。基本理念や国や地方公共団体の責務、政策の基本となる事項を定めるということ。
個別法とは異なり、そのまま実効をもった措置ができるとは限らないという法律である(プログラム規定)。

したがって、例えば、環境基本法において「〜を講ずるものとする」に基づき、環境影響評価(第20条)であれば、環境影響評価法という個別 法が制定されるのである。

3条〜5条に環境の保全についての基本理念を規定し、6条〜9条に環境の保全に関する責務を規定する等、3章46条からなる法律である。


4.環境基本法策定をめぐる国会審議での論点

「環境基本法」審議の過程で、国会ではさまざまな観点から論議された。

● 環境権
環境基本法に環境権を明記すべきではないかという議論があったが、実は、「環境権とは何か」ということについては、定説といわれるものがない。
「国民が良好な環境を享受する権利」ということであるが、「原則を示したものであって具体的な権利ではない」という考え方や「環境の侵害行為があれば、差止め請求、損害賠償もできる」という考え方があり、決着はついていない。
「環境基本法」では、第3条の中に、環境権の趣旨とするところは位置づけられている。

● 環境基本計画
環境基本計画については、さまざまな他の計画との関係、実施計画はどうするのか、環境基本計画をつくるにあたって広く国民の意見を聞くべきだ、など。
他のさまざまな計画との関係については、環境基本計画は閣議決定を受けるものであるので、他の計画の中で環境に関するものはこの環境基本計画に沿うものとされる。
個別政策の実施については、必要に応じ個別に計画的に一つ一つ実施していくというこ と。(環境影響評価法、PRTRなど)。国民の意見は、公聴会、手紙、インターネットなどで幅広く受け付けた。

● 環境影響評価(20条)
環境影響評価法として平成9年に立法化された。

● 経済的手法(22条)
経済的負担とは何か、具体的内容、環境税の導入についてどう考えるのか、などのような議論が行われた。
環境税については、まだ国民的議論として十分に合意されているとはいえない。
さらに議論を進め、実現の方向へ進んでいくべきものであろう。

● 情報公開(27条)
情報公開を義務づけるべきだという意見があったが、その後、情報公開法が制定され、この中で、環境情報も取り扱われることとなった。

●ODAや海外での事業活動における環境配慮
海外でも環境影響評価を行うべきだ、日本の環境基準で環境影響評価を行うべきだなどの意見が出されたが、外国の主権の問題もあり難しい。
世界的に環境基準が揃ってくれば自ずと解決に向かう問題である。

●上乗せ・横出し条例
自治体によっては、国の環境基準よりもさらに厳しい基準を設定するところがある。
法令に反しなければ、当然地方公共団体が先行して取り組んでよいもの。

●環境行政の機能強化
2年後に環境庁から環境省になる予定である。
環境省での機能強化に期待したい。


5.環境基本法策定後の展開

【例/環境基本計画】
環境基本計画は、環境基本法第15条にもとづいて、平成6年12月に策定された。
「環境基本法」で謳われたことについて、どうやって行政ベースあるいは国民生活の中で実現していくべきかという、法律から実施に移していく際の具体的な方策が盛り込まれている。

環境基本計画のキーワード

●循環:
循環型社会の実現をめざす。
●共生:
自然と人間の共生(人間と人間の倫理から人間と自然との倫理へ)

二つを実現するためにさらに、

●参加:
国、地方公共団体、事業者、個人、全員が公平な責任をもつ。
日常生活からの参加が重要である。
●国際的取り組み:
先進国、発展途上国の協力が必要であるということ

「環境基本計画」が策定されてから5年、中環審では内容について見直す作業を行っている。
COP3(京都会議)の開催、環境影響評価法、地球温暖化対策推進法、南極条約、生物多様性の国家戦略、PRTRの立法化など、「環境基本法」で謳われたことが具体化し進展してきた。
しかし、現実は、都市交通公害、湖沼・湾での富栄養化などの環境問題はさらに深刻化している。
また、環境ホルモン、地下水汚染などの発生など、対策が実現されてもそれを上回るスピードであらたな環境問題が進行している。

持続可能な経済社会を実現するために、具体像や望ましいライフスタイル、それにいたる道筋を説得力のあるものとして広く示さなければならないだろう。
あらたな環境基本計画の見直し作業のなかで、これらについて具体的な方策を提示できるよう検討している。



6.さいごに

環境問題は今生きている我々の世代だけの問題ではなく、後の世代を含めた世代間の公平を考えなければならない。
子孫の世代まで考えたあらゆる行動が求められているのである。
我々一人一人の日常生活から、地方公共団体、国、世界までを含めた意識を常に持っていなければならない。
また、国際協力についても、簡単ではないがまず先進国がお手本をつくりそれらの技術を途上国に移転するということが重要であろう。
いずれにせよ、一人一人が持っている今までの価値観を、より環境保全型に変えていくという努力が必要不可欠である。

 
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