講師紹介

天野 明弘 氏

昭和9年生まれ。
神戸大学経営学部、米国ロチェスター大学院修了。Ph.D., 経済学博士。
現在、関西学院大学総合政策学部教授、神戸大学名誉教授。


環境税の導入について、賛成と反対の議論が入り乱れているのが現状である。
しかし、現実的には議論ばかりしていないで、何らかの政策に着手しなければならない時期にきている。
今回は以下の3つのサブテーマを掲げて議論を整理してみよう。

1. 環境税の理論的根拠についての検討
2. 環境税への反対論についての検討
3. 京都議定書の約束履行と炭素税/排出取引制度の意義


1. 環境税の理論的根拠についての検討

環境税を導入する理論的根拠としては、以下のような意義が挙げられている。
@ 効率性 環境税は効率的な政策手段である
A費用効果性 環境目的がすでに定まっており、それを達成するのに複数の手段が利用できるとき、その目的を社会的に見て一番少ない費用で達成できる手段である
B二重の配当論 環境税によって環境がよくなるという意義に加え、税収を用いて他の社会的改善を実現できるという、いわば一石二鳥の効果 がある

@ 効率性についての検討
汚染物質の排出を削減するには費用がかかる。
だから、かけた費用に見合う価値(便益)としての環境改善が生まれるかどうかが問題である。
便益をお金に換算し、それが費用を上回るという結果がでれば、その政策は実施する価値があり、逆に便益よりも費用が大きければ、その政策は行う価値がない、ということになるだろう。
政策の強度を少しずつ変えてみて両者が釣り合った状態になったとき、費用をかけた(貴重な資源を使った)効果 がもっとも効率的な結果につながっていることになる。
ここで問題になるのは、環境改善の便益をお金で測るのが大変難しいということである。

環境改善の費用は比較的たやすく計算できるが、温暖化の進行を緩和できたときのさまざまな便益がいくらになるのかは、簡単には分からない。
環境は、普段マーケットで取り引きされていないものが多いため、お金で測れないものを対象にするところに難しさがあるのである。

しかし、費用と比較できる形で便益の大きさが測れれば、汚染削減の強化が社会のためになるのか、そうでないのかが多少とも見える「ものさし」が得られる。
欧米各国では、そのような考えのもとに、環境改善がもたらす便益をお金で換算する試みが盛んに行われている。
すでに多くの手法が開発されているが、問題点も残っており、いつも正確な数値が算定できるという状況ではない。
しかし、社会の構成員が納得して判断を下すための材料を得る手法としては有用であるという意見が定着しつつあり、司法や行政の過程で実用化されている。

たとえば米国では、公共政策を採用するとき、必ずこのような便益と費用を測定して政策の妥当性を検討することが法律で義務付けられている。
カナダ、EU、オーストラリア、ニュージーランド、英国などでも閣議決定やその他の方法で類似の 政策評価手法を採用している。
日本では、省庁改変の際に主要官庁内に政策評価部門を設置することを定めた「中央省庁等改革基本法」が制定された。
費用便益分析までは義務づけていないが、実際に発足すれば、環境の評価を含めた費用便益分析を 使わざるを得なくなるだろう。


A 費用効果性についての検討
「効率性」は便益と費用の差を最大にすることを求める基準だが、「費用効果性」は、目的をまず政策的に決定し、それを達成するためにどのような手段を使うかの選択にあたって、費用を最小にするものを選ぶという考え方である。
環境税は、なぜ費用効果的なのか。
汚染物質の排出者は、自己負担で削減するのと、環境税を支払って排出するのと、どちらが安上がりかを選択できる。
削減の程度が少ない間は、自分で費用を負担して削減する方ががよいだろう。
しかし、ある程度以上の削減が難しくなった段階では、排出して環境税を払うほうを選ぶようになるだろう。
すべての排出者がこのように行動すれば、各主体の間で排出削減努力をどのように振り分けても、社会全体では費用をそれ以上減らすことができなくなる。
それぞれがぎりぎりの努力をする結果、最後の1単位の排出削減費用は環境税と同じレベルになるため、結果 的にすべての主体の排出削減費用がそろってしまうからである。
これは市場メカニズムの特徴であり、このメカニズムを使うことで環境目標を達成しながら国全体の費用を最大限に減らすことができるのである。

このような望ましい特徴をもった手法に対して、なぜ反対論があるのだろうか。
炭素税は、排出主体が二酸化炭素を排出している限り、排出分に対して税金を負担しなければならない。
自ら排出削減した分については払わなくてもよいが、削減できずに残っている部分には課税される。
他方、政府が直接規制で削減目標を設定した場合には、企業は目標までは自らの負担で削減するが、 目標が達成できれば費用負担はそこまでですみ、目標を超えた排出分についてそれ以上の費用はかからない。
これが環境税反対の大きな根拠となっているのである。

もし直接規制と同じ削減目標を達成するとすれば、たしかに炭素税は、排出主体に対してより大きな経済的負担を強いることになる。
しかし、環境税反対論の検討のところで詳しく述べるが、たとえば直接規制と炭素税を比較する場合、同じ目的を同じ形で実現するという前提で比較をしないと意味がない。
しばしば「炭素税は負担が大きいので反対」、「自主努力をするから直接規制も必要がない」という主張が聞かれるが、これは適切な比較ではない。
国が掲げている目標が自主努力で達成できなかったときの責任は誰がとるかが不明確な限り、このような議論は成り立たない。
また、負担の公平をいうのであれば、「汚染者支払原則」のような国際的に承認され、わが国も支持している原則に則った環境税のほうが業界の利益だけを考えた主張よりも公平性の原則にかなっているだろう。
なによりも、環境税と直接規制との比較では、同じ環境目的を達成するときに国民全体が負担する費用は環境税のほうが小さいことを忘れてはならない。


B「二重の配当論」についての検討
二重の配当論は、最初に主張されたときにはまさに一石二鳥の政策手段と考えられたが、その後この議論が全面 的に正しいわけではないということが分かってきた。
もともと政府は公共政策の財源調達のために課税を行っているが、経済活動を課税ベースにした税は効率的な資源利用を阻害する効果 をもっている。
ほとんどの課税様式はこのような歪みをもっており、たとえば労働課税の機能をもつ社会保障負担は労働市場に歪みを引き起こしている。
このような状況のもとで環境税(炭素税)を導入すると、まず物価が上がり、実質賃金が減少するので、労働課税の負担が増大する。
これは税による労働市場の歪みを強める効果をもち、二重配当論のいうプラスの影響を相殺する方向に働いてしまう。
つまり、二番目の配当はかなり割り引かれるということである。

ただし、このような歪みは他の環境政策、たとえば直接規制や排出許可証取引制度などでも同じように起こる。
しかもこれらの政策手段では、環境税のように税収を使って歪みを是正できる部分がないので、環境保全の費用はずっと大きくなる。
したがって、二重の配当論は全面的に正しいとはいえないにしても、環境税が他の政策手段よりも望ましい特徴をもっているという結論には変わりはない。


【まとめ】
環境税導入について

@ 環境税は効率的な手段であるが、便益と費用の差を最大にする効率的な環境税の水準を確定するのは難しい。
A 環境税は、社会的には費用効果的な手段であるが、排出者から見れば直接規制よりも負担が大きい。ただし費用負担の公平性という点では、汚染者支払原則に照らして判断することが国際的に広く支持されている。
B 環境税が二重の配当を生むという議論は、全面的に正しいとはいえないが、他の手段よりも損害の少ない手段だという結論には変わりはない。



2.環境税への反対論についての検討

環境税への反対論については、経済効果 に関するものと、政策手段の選択に関するものの2つに分けて考えてみよう。

(1) 反対論の主張:経済効果に関するもの

@ 効果が乏しい
A マクロ経済へのマイナスが大きい
B 国際競争力に悪影響をもたらす
C 国内所得分配に悪影響をもたらす

【反対論@「効果が乏しい」についての検討】
環境税の効果については、EUが次のような形態に分けて詳細な分析を行っている。

ア)費用用回収型の利用者課金(サービスに対する受益者負担)
イ)使途特定型の使用者課金(環境保全支出財源)
ウ)誘因型課税(汚染活動に課金、収入は目的外:一般財源繰り入れ)
エ)財政的環境税(汚染活動に課金、税収も目的)

ちなみにノルウェーやスウェーデンが採用している炭素税はウ)エ)型といえる。
EUの評価では、ア)イ)はたしかに低率で環境効果はそれほどない。
本来、環境効果を狙ったものではないので、この結論はある意味で当然である。
しかし、ウ)エ)については決して低率とはいえず、おおむね効果をあげていると評価している。

【反対論A「マクロ経済へのマイナスが大きい」、同B「国際競争力に悪影響をもた らす」についての検討】
産業の国際競争力やマクロ経済に悪影響を与えるという議論は、日本だけではなく海外でも聞かれる。
一国だけで環境税が導入されると、産業の国際競争力が低下し、他の国の生産拡大、他国への企業流失により汚染が海外へ移転するだけで、効果 が減殺される(炭素リーケージ論)、また国際競争力の低下はマクロ経済活動にも深刻な影響を及ぼすという議論である。

BarkerとJohnstoneが共同で行った詳細なモデル比較研究(1998年)では、EUやOECDのみによる二酸化炭素排出削減のリーケージは小さく、それが70−80%にも達するという初期の結論は、どのモデルでも支持されなかったと報告している。
炭素税導入による産業競争力の変化は、エネルギー集約産業を含めて、為替レートや賃金率の変動の影響よりもずっと小さいもので、その理由は、(ア)輸送費その他の貿易障壁とか国内市場保護政策があること、(イ)費用上昇率が小さいこと、(ウ)さまざまな段階で炭素やエネルギーを節約する努力が講じられること、(エ)税収還流のプラス効果 があること、などが当初は考慮されていなかったためである。

要するに、国際競争力が下がると騒ぐほどのことはないというのが結論である。
マクロ経済活動に対する影響のモデル比較についても同様だが、ただし、貿易ブロック内の一国(たとえばEU内での英国のみの行動)では影響がやや大きく出ている。

京都議定書が合意される以前は、炭素税などを導入すれば日本経済は大打撃を受けるといわれていた。
しかし、議定書が合意された以上、どんな手段を使うにせよ日本はCO2排出量を削減しなければならない。
炭素税を採用する場合に問題があるとしても、他の政策手段をとった場合との違いだけが問題となるはずである。
しかも日本一国だけが政策を実施するのではなく、先進国全体がそれぞれ定められた削減措置を講じなければならない。
したがって、これらの反対論の意義も現段階では大きく低下したといえる。

【反対論C「国内所得分配に悪影響をもたらす」についての検討】
低所得者層に厳しい税になるという議論。
光熱費をはじめ環境集約的支出への影響は低所得者層では相対的に負担が大きく、環境税は逆進的性質(累進税とは逆の性質)をもっている。
欧米諸国では、逆進性があるとしてもわずかで、逆に累進性があるという調査結果もある。
高所得者層が大型の車や電化製品を使っているために、税負担がそれだけ大きくなるからである。
ただし、日本では公共料金が外国に比べて高く、家計支出に占める割合も大きいため、環境税が低所得者層に厳しい負担となる可能性は無視できない。
したがって、逆進性を緩和するような政策を組み合わせて実施することが必要であろう。


(2) 反対論の主張:政策手段の選択に関するもの
環境税の理論的根拠を検討した際にも述べたように、同じ環境目標を実現できるのであれば、費用負担の少ない方法を選択すべきであるという反対論が税を負担する側から主張される。
経済的負担は、ほぼ次の順序で高くなると考えられる。

@ 自主的取り組み(例:経団連による傘下企業の自主的取り組み)
A 自主協定(例:ドイツ産業連盟等が温暖化防止で連邦政府と取り交わした協定)
B 直接規制(例:改正省エネルギー法)
C 排出許可証取引制度(例:許可証の無償配布によるもの)
D 排出許可証取引制度(例:許可証の競売によるもの)
E 環境税(例:炭素/エネルギー税)

@自主的取り組みは、目標を実現できなかったときの責任の所在が不明確なため、政策目標達成の担保がない。
また、自主的に策定された目標だけで国全体の排出削減目標を達成できるものでもない。
A自主協定やB直接規制は、不特定多数の排出源には適用が困難である。
また、市場ベースの手法C〜Eに比べて削減費用が多くかかる。

政策手法の選択基準を議論する場合、問題の点以外で各手法が同じ目標をかかげたとき同じ効果 をあげ得る状況で比較する必要がある。
しかし、直接規制と市場ベースの手法を比べてみると、直接規制は、政府が一つ一つの排出主体に対して規制をかけるというやり方をしなければならない。
大口排出源、固定排出源については、この方法は有効だが、温室効果ガスの排出では、運輸、民生部門のような移動排出源、不特定多数の排出源からの排出が大きな割合を占め、急速に増えつつある。
このような部門の排出削減には、直接規制は不向きである。

C排出許可証取引制度とD環境税の両者に共通しているのは、市場メカニズムの利点を活用しながら、環境保全を効率良く実施するという点だろう。
このような特徴をよく理解して、適材適所の利用を考えることが重要である。
ただ、2つの手段のどちらを選択するかについては、産業界の負担の違いとか、分配上の問題などにも配慮する必要がある。

「排出許可証取引制度」は、制度の作り方によってさまざまなものがあるが、典型的なものに米国でよく用いられている「無償配分割り当て方式」がある。
まず政府が排出総量を決めてそれに相当する許可証を発行し、大口の排出源ごとに過去の実績等に応じて無償で比例配分するやり方である。各企業は割り当てられた分だけ排出していれば、何も払う必要はない。
もう一つの方式として、政府が排出総量に相当する許可証を競売にかけ、排出主体が値段を払って購入するやり方がある。
許可証の価格、つまり炭素1トンの排出がいくらという値段がつくので、この方式は「炭素税」と同じで、排出主体は排出削減の費用と同時に排出している炭素量 に対しても費用を支払わねばならない。
産業界の負担がDよりCのほうが軽いのは、このような理由のためである。

物は何でも少なくなれば値段が上がるというのが経済の原則だが、昨今は環境資源を利用するのにお金がかかる時代になった。
現在交渉中の国際条約では、国際的に温室効果ガスの排出に枠を設け、それを取引できるようにする方法が論じられている。
排出取引とは、この枠の使用に値段がつくということである。
Cの方式では、本来値段があるものを無償でもらうことになるので、それを受け取る主体は当然得をすることになる。
二酸化炭素のように大口排出源以外の排出源もあり、たとえば、そちらの方は課税されるというようなことになると、大口排出源にだけ無償で配分するのは不公平ではないかという議論もでてくるだろう。

また、二重の配当論のところでも述べたが、競売収入あるいは炭素税収入を他の税の減税にまわして経済の歪み(資源の無駄 遣い)を少なくするという効果は、無償配分による取引形式では期待できない。
日本経済は、さまざまな部分で経済の不効率が積み重なっている。
政治的な合意が得やすいという理由で産業界の負担の少ない政策手段を選択する際には、このような不効率性と引き換えになっていることを認識する必要があるだろう。


3.京都議定書と炭素税/エネルギー税

京都議定書では、数量的な削減目標を決めたのと同時に、その削減目標を実現できるような政策手段として3種類の経済的手法を導入した(排出取引、共同実施、クリーン開発メカニズム)。
手法の細目はまだ決まっていないが、排出取引が実施されると炭素1トンを排出する際の国際価格が決定されることになる。
このような状況は、炭素税論議の環境が大きく変わることを意味している。
というのは、海外から排出取引価格を支払って排出枠を手に入れ、それを使って国内で排出するのは賛成で、国内で炭素税を払って排出するのは反対という主張は、整合性に欠けるからである。
どちらも市場をベースにした政策手段なので、国際制度と国内制度の整合性を考えた議論が必要になるだろう。

【国内手段の選択1】
「排出許可証取引制度」は、大口固定排出源には適用が容易な手段である。
しかし、多数の小規模排出源を扱うには多くの実施費用がかかり、現実的ではない。
このような主体からの排出に関しては、燃料の輸入元に許可証を保有させ、許可証価格を燃料価格に転嫁させる方法がある。
つまり、大口排出源には許可証を割り当て、割り当ての対象とならない小口排出源は許可証の保有を義務付けられた燃料輸入元からのルートを通 して燃料を購入することにすれば、全主体が許可証制度の下に置かれることになる。

【国内手段の選択2】
 「排出許可証取引制度」または「炭素税」のみの場合、エネルギー利用が水力・原子力にシフトしすぎることが懸念されるときは、化石燃料の輸入元に許可証を保有させるよりも、EU型の炭素/エネルギー税を導入することで対応できる。
もっとも、新エネルギーの利用を促進しようとすれば、新エネルギーに対する課税の免除または軽減が適当かもしれない。

現在の日本では、すでに石油に対して多くの税金がかかっているから、その中で炭素税を導入していくには、エネルギーの合理的利用および環境問題への対応を含めて、エネルギー関連税制を見直すことが必要である。
また、環境汚染に対して税をかけるのだから、環境汚染を促進するような優遇税制や補助金などの財政措置は見直しをしなければならない。
最近の国際的な流れは、環境に対して悪いことをしているもの(バッヅ)に課税し、その税収で人々の役に立つもの(グッヅ)への課税を軽減するような税制のシフトを考える方向へ向かっている。
温室効果ガスの排出削減についても、従来型の政策手法に加えて、許可証制度や炭素/エネルギー税のような市場ベースの手法を活用して環境目標を後退させずに国全体の費用負担を減らし、そこから上がる政府収入を既存の課税軽減にまわすことで、日本経済全体を効率的にするといった大きな視点に立つことが求めらている。

【まとめ】
国民全体になるべく大きな負担をかけないで京都議定書の義務を着実に履行するには、炭素税あるいはそれと同等の効果 をもつ国内排出取引制度を含む市場ベースの政策手段を採用することが必要である。
これらの政策手段は、

@国際的排出取引制度との整合性
A漸進的移行のための早期実施態勢
B約束の削減量を担保できる明確なプログラム
をもつものでなければならない。
いずれも早急に国内的対応の方針を固め、制度化に移していくべき重要な課題といえるだろう。
 
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