松本泰子氏
講師紹介
松本 泰子氏
東京理科大学諏訪短期大学助教授。
昭和27年東京生まれ。上智大学文学部卒業。
昭和61年英国に留学。帰国後、世界自然保護基金日本委員会(WWF−J)で活動。平成2年よりグリーンピース・ジャパンにて大気問題担当。平成10年より現職。


1. はじめに

グリーンピース・ジャパンに在籍していた8年間、私の仕事の主な現場は、地球温暖化防止とオゾン層保護に関する政府間交渉会議だった。今回私の体験をもとに、環境NGOが地球温暖化問題の取り組みの中でも特に「国際交渉」の過程で、問題にどう取り組んできたかについて具体的に解説したい。

NGO(Non-Governmental Organization)の定義
広義には政府機関でも企業でもない、民間の非営利組織全体をいう。民間非営利組織 (NPO)に近い概念であるが、NPOが営利企業との違いを強調するのに対し、NGOは政府機構の一部ではないことを強調する傾向をもつ。国連では、社会福祉団体、労働組合、助成団体、経営者団体、専門家団体、宗教団体など広範な分野にかかわる民間組織のことをNGOと呼んでいる。(出典: ジョン・フリードマン「市民・政府・NGO」新評論、1995年)

気候変動枠組条約の目的(究極目的):第二条
「…気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極的な目的とする。そのような水準は、生態系が気候変動に自然に適応し、食糧の生産が脅かされず、かつ、経済開発が持続可能な態様で進行することができるような期間内に達成されるべきである。」(「地球環境条約集」1995年、中央法規)

これは、1992年リオデジャネイロで行われた「地球サミット」で署名のために公開された気候変動枠組み条約の第二条の文章だ。この文章を合意するために各国の間で一言一句について大変なせめぎあいがあったことが記憶に残っている。いつまでに、どれくらいのレベルで濃度の安定化をするのかの具体的な数値は、非常に政治的なことであったために明示されなかった。


2. 気候変動枠組条約および京都議定書の政府間交渉過程に関わったNGO

NGOは以下のように分類することができる。

(1) 環境NGO
(2) 産業NGO
(3) 地方自治体(International Council of Local Environmental Initiatives: ICLEI)
(4) その他:World Council of Churches など

京都議定書交渉におけるNGOの参加
NGOの数 COP1
(1995ベルリン)
COP2
(96ジュネーブ)
COP3
(97京都)
165 116 236
(出典:S. Oberthr & H. Ott "The Kyoto Protocol", 1999, p.30)

この出典によると、産業NGOの数は環境NGOの約2倍であるという。これは、経済的な理由が大きい。92年以降途上国のNGOは減ってきている。長期にわたり政府間交渉に出続けるにはかなりの財政基盤が必要なのである。財政的な観点からも、今後交渉会議に出席する環境NGO(特に途上国のNGO)と産業NGOの数のバランスは、考えるべき課題の一つである。


3. なぜ環境NGO(特に国際環境NGO)が条約及び議定書の政府間交渉を重視するのか

政府間交渉によって成立する国際協定の意義
第一点:地球環境問題は、国境を越えた世界規模の問題であるので国際的協力が必要であること。
第二点:国際市場での企業の競争力に影響する。一ヶ国だけ厳しい措置をとろうとしても国際市場で活動する企業にとって、それは企業活動に重大な影響を及ぼすことであり、企業は強く反対する。したがって一ヶ国という単独での対策、特に法規制による措置は、難しい場合が多い。ウイーン条約の「モントリオール議定書」が良い例だが、1980年代に米国は強い世論に押されて、フロンに対して厳しい措置をとろうとした。そのときの米国内フロンメーカーから出された条件は、同一規制が世界一律に課せられるということであった。これが米国が当初議定づくりに熱心だった主な理由の一つといわれている。
第三点:前述の表裏であるが、国際協定がなければ、各国各国で対策をとるのは至難の技。一ヶ国では無理であるということ。すなわち、国際協定ができあがって初めて国内の対策が実施される例が多い。
第四点:ほとんどの協定には規制を強化していくメカニズムが組み込まれるケースが多い。新しい科学的知見に基づいて規制を強めていくということである。これは、環境NGOにとっては規制強化の視点で監視することができる良い制度だといえる。

「モントリオール議定書」や「京都議定書」がなかったら、今頃世界はどうなっていたか想像していただきたい。ハイブリッドカーなど生まれていただろうか。国際協定は、実際には大変な労力を要して、各国間での最低限の共通項をつくる作業である。しかし一方でこの最低限の共通項がなければ、各国が足並みを揃えて問題に取り組むことはできない。この意味でも非常に小さな歩みでも大きな意味を持つことになる。最低限の共通項は、市場や国際社会にある方向性をつくり出し、その後の世界各国での環境保全への取り組みを導く。

環境NGO(特に国際環境NGO)は、政府間交渉の現場に立ち会うことによって、国益によらないニュートラルな立場で各国間の力関係にプレッシャーを与え、市民の「目」、マスコミの「目」として、できる限り高い最低限の共通項が成立できるよう尽力しているのである。


4. 交渉過程に関わってきた主な環境NGOの分類

NGOがなぜ効果的に活動できるのかは、国際的なネットワーク、連帯をつくって活動できることが大きい。以下に温暖化問題の政府間交渉に参加してきた主な環境NGOを分類してみた。

国際環境NGO 世界自然保護基金(WWF), グリーンピース(GP)、地球の友(FoE)
研究所 世界資源研究所(WRI)、ワールドウォッチ研究所、ヴパタール研究所、Center for Science and Environment 、ストックホルム環境研究所、ウッズホールセンターなど
米国の大規模な環境NGO 環境防衛基金(EDF)、自然資源防衛協議会(NRDC)、Union of Concerned Scientists など。
法律家組織 Center for International Environmental Law (CIEL), Foundation for International Environmental Law and Development (FIELD) など
単一の問題を扱うNGO 森林問題、エネルギー問題、国際金融機関の問題など、気候変動問題に関連する分野で活動する団体: International Institute for Energy Conservation (IIEC) , Royal Society For the Protection of Birds(RSPB),The Nature Conservancy (TNC) など
その他 Ozone Action, German Watch など


5. Climate Action Network (CAN)

1)CANとは

1989年3月、気候変動の国際的な側面に対処するために、情報、コミュニケーション、コーディネーションの国境を越えたシステムを設立するために発足した。現在、70カ国余り約250の気候変動問題に取り組む環境NGOが参加している。(1998年データ)

目標: 「生態学的に持続可能なレベルに人為起源の気候変動を抑えるために必要な、政府および個人の行動を促進すること」
組織: 世界七つの地域(北米、ヨーロッパ、中央および東ヨーロッパ、アフリカ、東南アジア、南アジア、南米)にフォーカルポイントがある

2)NGOが連合体を形成することの意義

(1) 専門分野や活動様式が異なるNGOが専門性などをおしみなく出し合い、補完しあい、全体として影響力を最大化することができる
(2) メディア活動においても相互補完機能が発揮される。CANのメッセージは各国あるいは各地域でのCANを通じて世界各国に、各々の国や地域に適切な表現や方法で発信され、CANの国際的な信用が築かれる。
(3) CANの共通ポジションに南北両方の視点を反映させることができる。
(4) 先進国のNGOにとって通常難しい途上国の意思決定者へのアクセスが、途上国のNGOを通じて可能となる。
(5) 参加するNGOの多様性が、CANの視点と活動に多様性と統合性の両方を与える。
(6) 各国のCANを通じて草の根レベルのNGOまで必要な情報が共有される、など。

3)ロビーツールとして重要なニュースレター「エコ」(eco)

ecoは1972年の国連人間環境会議以来、主要な国際環境会議でNGOが発行してきたニュースレターである。気候変動に関する政府間交渉会議ではCANが発行母体となっている。

「エコ」の意義
(1) 重要だと考える課題や問題をタイムリーに指摘し、分析・批判を加えることによって、 刻々と変化する交渉内容に実質的な影響を与える。
(2) 密室の交渉の「監視人」としての役割。
(3) 重要だが優先されていない議題の設定を要請する(バンカー油、生態系の限界の概念な ど)。
(4) 代表団の人的資源が十分ではない締約国への情報提供および専門的知見の提供が行える。
(5) 世界のNGOや市民、マスコミへの情報提供(インターネット)。
(6) エコの表紙写真は重要。ユーモアが全く欠如した国際会議に、ユーモアを持ち込む効果を持つ。


6. 主要な交渉の歴史
 
1985年 フィラハ会議(気候変動に関する科学的知見の整理のための国際会議)
1988年 国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の設置
「変化する地球大気に関する国際会議」(トロント会議) トロント目標(2005年20%削減)
1989年   CAN発足
「地球大気に関する首脳会議」(ハーグ)
「気候変動に関する閣僚会議」(ノルトヴェイク)
1990年   IPCC第一次評価報告書発表
第二回世界気候会議
1991年 第一回気候変動に関する政府間交渉会合(INC1)
INC2
INC3
INC4
1992年 INC5
INC5再開 気候変動枠組条約採択
国連環境開発会議 条約署名開始
INC6
1993年 INC7
INC8
1994年 INC9
INC10
1995年 INC11 産業NGOの二つの異なる声明
気候変動枠組条約第一回締約国会議(COP1) 保険・金融産業が交渉会議にオブザーバーとして初参
ベルリンマンデイトアドホックグループ 第一回会合(AGBM 1)
AGBM2
  IPCC第二次評価報告書
1996年   BCSEFの設立
AGBM3 *
AGBM4・COP2:ジュネーブ
  AOSIS提案提出: 2005年20%削減
AGBM5
1997年   AGBM6
AGBM7
AGBM8
COP3:京都 京都議定書採択
1998年   科学上および技術上の助言に関する補助機関第八回会合(SB8)
SB9・COP4:ボン
1999年   SB10
SB11・COP5:ブエノスアイレス
2000年   6月 SB12
9月 SB13
11月 SB14・COP6:ハーグ

*1996年3月のAGBM3以来、交渉期間中または交渉と交渉との間に、交渉の重要課題に関するワークショップが設けられるようになった。ワークショップは政府間交渉という公式な場とは異なる非公式な場として位置付けられているが、実質的には交渉の一部となりつつある。ワークショップには、政府代表だけでなく、専門家、NGO、政府間組織なども参加し、意見を述べることができる。


7. 国際環境NGOと気候変動問題〜グリーンピースを事例に

1)グリーンピースの気候変動キャンペーンの構造と方法論

長期目標:化石燃料からの脱却
手段:目標達成のための多面的かつ複層的アプローチをとっている。


(1)主なプロジェクト(順不同)
出版: "Global Warming : Greenpeace Report" , "Climate Time Bomb" , "Climate Change and Insurance Industry", "Energy Without Oil" など多数
地球温暖化の影響(南極調査キャンペーンなど)
再生可能エネルギー(太陽光、風力)・省エネルギーおよびエネルギー効率の向上
3リットルカー
脱代替フロン(炭化水素冷媒冷蔵庫)
保険産業・金融産業
企業
(交通)
反石炭火力発電
石油の新規掘削反対
国際協定など

(2)横断的なサービス機能(部門)
科学
メディア(グリーンピース・コミュニケーションズ)
政治(本部、EU部門)
アクション
海洋など

(3)他のキャンペーンとの協力
陸上生態系保護(森林保護)
オゾン層保護
反原子力、など

(4)キャンペーンの方法
調査
報告書
メディアワーク
ロビー活動(政府、企業)
パブリックキャンペーン
アクションなど

2)予算

1996年および1997年(京都会議COP3の年)の気候変動キャンペーンの支出(グリーンピース・コミュニケーションズや海洋サービスの部門の支出は含まれない)

GP International(GPI) 1996年 1,688,000 USドル
1997年 3,518,000 USドル
GPIと支部全体の支出の合計 1996年 9,348,000 USドル
1997年 13,394,000 USドル

1997年
GPUSA 970,000 USドル
GPUK 2,517,000 USドル
GPJapan 274,000(GPIの援助を含む)USドル
GPGermany 2,711,000 USドル
GP The Netherlands 1,058,000 USドル
GP Australia 300,000 USドル
GP Greece 56,000 USドル(太陽光のキャンペーン)

戦略上重要な支部には本部が専門性の高いスタッフを一定期間送ることがある。 COP3に向けては、GPUSAに企業キャンペーンの担当スタッフやロビー部門のスタッフが長期滞在した。

3)保険業界とグリーンピース

-- 1993年2月: グリーンピース報告書「気候変動と保険産業」の発表。
-- 保険・金融セクターとの合同セミナーの開催(ロンドン、ニューヨーク、ベルリン)
-- 1995年4月:グリーンピースセミナー(ベルリン、COOP1前日)
-- COP1はアメリカの再保険協会会長など保険・金融セクターがはじめて交渉現場に姿を現した会議だった。スイス再保険はスイス政府代表団の一員としてCOP1に参加。
-- 1995年11月: 国連環境計画のイニシアティブにより作成された「環境声明」に23の保険会社が署名した。
-- 1995年12月: IPCC第二次評価報告書に、初めて、影響を受ける産業セクターとして「金融セクター」が一章を割り当てられた。

戦略
(1) 産業界内部に「もうひとつ」の声を作る:化石燃料関連産業と異なる利害の存在→産業界内部における温室効果ガス削減への政治的な圧力の形成。
(2) 気候変動の影響が現実的なものであることを、各国政府は一般市民に向けて保険業の懸念を通じて示す。
(3) 保険・金融産業がもつ莫大な投資力が化石燃料ではなく再生可能エネルギーに向けられるよう働きかける。

グリーンピースが働きかけをおこない、グリーンピースのセミナーにも参加した英国銀行協会が1995年9月に世界銀行家協会年次総会に提出した報告書には以下のような記述がある。
「環境関連の技術的開発や代替エネルギー開発の分野は、あらたな融資先としては最も魅力のある、計り知れない可能性を秘めた市場である」
気候変動の条約交渉や国際的な議論に保険業界を登場させるよう働きかけたこの活動は、従来問題指摘型の活動が主だったグリーンピースにとって、新しいアプローチだった。グリーンピースは、「保険業界は気候変動の被害者である」と捉えた。保険金融業界が被害者としての声を上げ、各国政府に対し問題解決に向けて働きかけをおこなえば、条約交渉において、温室効果ガス削減に反対する化石燃料関連産業のロビー活動に対するカウンターパワーを形成できるのではないか。世界で最大の投資力を持っている保険金融業界の投資の方向性を、自らの存在基盤を脅かす石炭・石油という化石燃料から太陽光や風力のような自然エネルギーへ方向転換できないだろうか。それがグリーンピースのねらいであった。


8. NGOの課題

国際交渉は、解決に向かいだすと極めて詳細で多岐に渡るテクニカルな議論へと進む。 インターネットの普及により国連関係の情報へのアクセスが簡易になり、世界中の多くの人が政府間交渉に関する詳細な情報と知識を得られるようになった。一方こうしたテクニカルな議論に市民はついていけない。COP3以降、現在も行われている気候変動に関する交渉でも同じことが起きている。京都会議以降、日本での気候変動問題に対する関心はどうだろうか。どうやって市民やマスコミの関心を喚起できるか。例えば、国際環境NGOでは非常に重視されている各国内でのパブリックキャンペーンが日本では今のところあまり見られない。

実効性のある対策・措置を各国内で進め、議定書内容を今後さらに強化してくには、マスコミと市民の関心を喚起し、国内および国際的な政治圧力を形成するためのNGOのわかりやすい活動が必要である。これを日本のNGOがどのようにつくりだしていくのか、大変大きな課題だと思う。


9. 参考図書

G.ポーター、J.W.ブラウン 「入門地球環境政治」 有斐閣、1998年
竹内敬二 「地球温暖化の政治学」 朝日新聞社、1998年
環境経済・政策学会編 「地球温暖化への挑戦」 東洋経済新報社、1999年
山村恒年 「環境NGO」 信山社、1998年
S. Oberthur & H. Ott, "The Kyoto Protocol" Springer, 2000
井田徹治 「大気からの警告」 創芸出版、2000年
松下和夫 「環境政治入門」 平凡社、2000年


 
「インターネット市民講座」の著作権は、各講師、(社)日本環境教育フォーラム、(財)損保ジャパン環境財団および(株)損保ジャパンに帰属しています。講義内容を転載される場合には事前にご連絡ください。
All rights reserved.