2003年度 市民のための環境公開講座
   
パート3:
環境問題の根源を学ぶ
第4回:
自然が変わった
講師:
加藤 尚武氏
   
講師紹介
加藤 尚武氏
鳥取環境大学学長。1937年東京生まれ。1963年東京大学文学部哲学科卒。千葉大学、京都大学教授を経て、2001年より現職。日本哲学会委員長も務める。専攻は環境倫理学、哲学。研究者として哲学、倫理学会をリードし、環境倫理学の立場から地球温暖化など環境問題について、説得力ある発言を続ける。科学技術にも関心が高い。2000年紫綬褒章。著書に「環境倫理学のすすめ」他多数。
 
 
はじめに
 
 人の心は変わるが自然は変わらないというのが、洋の東西を問わず基本的な自然観でした。しかし、自然の生命も歴史的で、絶滅したものは戻らないという見方が20世紀に確立されました。温暖化をはじめとする環境問題は、地球の生態系の不可逆的な劣化の可能性を告げています。生命が聖域ではなくなり、人間が自然のバランスを保つしくみを壊し始めたのです。これらの事象を環境倫理学的なアプローチで捉えなおします。
 
 
1.基本的観念の歴史的変化
 
  • 霊魂観:来世・身体を離れた霊魂→不信
  • 人権:奴隷制度→不正、男女同権
  • 民主主義:植民地→独立国、君主制=君主独裁→立憲君主制
  • 自然観:自然は永遠に同じ→全体として歴史的、生は操作不可能→操作可能
 
 
2.基本的観念は片足を固定して変化する。
 
  • 実例:平等の根拠
  • 身体を離れた霊魂が存在する→性別・人種に関係なく基本的な人権を守らなくてはならない。
  • DNAにも共通部分がある→チンパンジーにも「基本的な人権」を認めるべきだ。
 
 
3.20世紀後半の変化:科学主導型
 
  • 神学に重心をのせて、おずおずと科学を踏むという歩みではなくては、科学の上の変化が、神学にも哲学にも配慮することなく、人間社会を変えはじめた。
 
 
4.ビッグバン(Big Bang)理論
 
  • 宇宙は高温で高密度の火の玉だった。あまりにも高温で高密の状態では原子核は存在できず、したがって、元素は存在しなかった。宇宙は拡大しつづけ、冷えつづけている。
  • ビッグバン理論では、元素が存在しない状態が元素が存在する理論に変わる。無からの創造ではないが、質料そのものの変化を含んでいる。宇宙そのものが「バーン」という爆発で始まった歴史である。
 
 
5.古い自然観:人の心は変わるが自然は変わらない
 
  • 「年々歳々 花 相似たり 歳々年々 人 同じからず」(唐の時代の詩人、劉廷芝『白頭を悲しむ翁に代わる』)、「陽の下に新しきものなし」、「自然は永遠であり、精神は歴史的である。自然は反復し精神は発展する」
 
 
6.自然の生命も歴史的、絶滅したものは戻らない
 
  • 宇宙が歴史的であり、地球が歴史的であり、地球のなかの生命が歴史的なのである。
  • 温暖化、森林減少、砂漠化、資源の枯渇、廃棄物の累積、生物種の人為的絶滅という環境問題は、地球の生態系の不可逆的な劣化の可能性を告げている。
 
 
7.自然のバランスを保つしくみの侵害
 
  • 核技術:原子の同一性を破壊
  • 遺伝子操作技術:遺伝子の同一性を破壊
  • 地球温暖化:地球の熱平衡システム(ガイア)の同一性を破壊
  • 臓器移植:個体の細胞レベルでの同一性を破壊
 
 
8.伝統主義の崩壊?
 
  • 価値観については長い時代のふるいに掛けられて生き残ったものが優れているという「伝統主義」が成り立たない。
    「お釈迦様でもご存じない」ことが技術によって生み出される。人間が技術を制御するのでなかったならば、技術の暴走を防げない。
 
 
9.生命操作技術
 
 (1)遺伝子組み換え・生物多様性の算出
 (2)アニマル・テクノロジー→生殖補助医療(クローン人間、体外受精、デザイナー・ベビー)
 (3)移植・異種移植
 (4)再生医学
 
 
10.これらの技術から派生してくる倫理問題
 
 (1)優生主義(出生前診断にもとづく選択的人工妊娠中絶、DNA診断、胎児治療、遺伝子検査)
 (2)生物特許
 (3)人体売買
 (4)enhancement問題(治療目的でない人体強化のための医学利用)
 
 
11.生物多様性問題の三つの側面
 
 (1)人工的な生物多様性が作られている。
 (2)自然の生物多様性が失われようとしている。
 (3)自然の生物多様性はまだ「未知の大陸」である。
 
 
12.世界にはどのくらいの数の種が存在するのだろうか。
 
  • 発見されて正式な名称がつけられている種は約150万から180万
  • 実際にいる現生種の数は、算定の方法によって360万から1億、あるいはそれ以上と見積もられている。
 
 
13.多様性の保護は趣味的な目的によるのか
 
 エドモンド・ウィルソンが生物多様性にこれほど執着する理由は、おそらく彼がアリの多様性に魅せられたナチュラリストだからだ。しかし、私は、何の興味もない人に、生物多様性には至上の価値があるのだから、あなたの生活を少々犠牲にしても守らなければならない、と強要する勇気はない。私の大好きなカミキリムシの種類数が半減しても、一般の人の生活には何の影響も及ぼさないことは自明だ。
 
 
14.生物保護の理
 
  • 道具的な価値、 conservation 保全(長期的な使用のために保護する)
    〜アメリカの自然保護活動家Pinchot,Giffordが唱えた。
  • 内在的な価値、Preservation 保存(使用目的を放棄して保護する)
    〜アメリカの森林官・自然保護活動家Leopold,Aldoが唱えた。
 
 
15.フットプリント
 
  • エコロジカル・フットプリント(一人の人間が食べ物、水、住居、エネルギー、移動・輸送、商業活動、廃棄物の吸収処理のために必要とする、生産可能な土地と浅海の平均面積)は、開発途上国では約1ヘクタールだが、アメリカでは9.6ヘクタールである。世界平均は2.1ヘクタールで、現行のテクノロジーで世界中の人が現在のアメリカの消費水準に達するには、地球があと4つ必要になる。
 
 
16.人間の数の限界
 
  • 人間が消費するカロリーの多くを供給している穀物の現在の生産高は、年間約20億トンである。穀物を主食とし、肉をほとんど食べない東インド諸島の人たちなら、この量で100億人を養える。しかし、同じ量でもアメリカ人は、穀物の大部分を家畜や家禽にまわしてしまうので、25億人しか養えない。(E.O.ウイルソン「生命の未来」61頁)
 
 
17.食料事情
 
  • 食料の90%は、存在が知られている250万種の植物のうち、わずか100あまりの種によって提供されている。20種が負担のほとんどを引き受け、3種(小麦、とうもろこし、米)が人間社会と飢餓との間にたっている。25万種の植物(さらに言えば生物種全て)、遺伝子操作によって収穫量をあげ、栽培種に転換できる遺伝子の潜在的なドナーである。私たちの前にあるのは、これから増える何十億をどう養うか、ほかの生命をどう救うかという問題である。
 
 
18.枯渇型資源の奪い合い
 
  • 枯渇型資源への依存が続く限り、未来世代との資源の奪い合いが避けられない。「未来世代は常に現在世代よりも物質的に恵まれている」という進歩観が成り立たなくなる。先進国と発展途上国とで、資源を奪い合う。貧富の国際格差は拡大する。
 
 
19.食糧不足=水不足
 
  • 1トンの穀物を生産するのに1000トンの水を要すると仮定すれば、この2800億トンの水赤字は1億6000万トンの穀物(アメリカの穀物生産量の約半分)に相当する。
    世界人口61億のうち4億8000万人は、持続不可能な水使用によって生産される穀物を消 費している。つまり、私たちは、私たちの子どもたちから水を奪って食糧をつくっている(レスター・ブラウン)
 
 
20.可能な選択肢
 
  • 「成長か持続可能か」という選択の可能性はない。成長を続けていれば、必ず持続不可能という事態に到達するのだから、「成長から持続可能性は何時自覚的に転換するか」という選択の余地があ るだけである。
 
 
21.デーリーHerman Dalyの3条件
 
 (1)再生可能な資源は、再生される資源量の枠内で消費する。
 (2)再生不可能な資源は、再生可能な代替資源を作り出し、その生産量に見合う範囲で消費する。
 (3)排出物の投棄は、自然の浄化力の範囲の中にとどめる。
    (三橋規宏「ゼロエミッションと日本経済」)
 
 
22.持続可能性:枯渇型の資源への依存からの脱却
 
  • 短期枯渇型資源から長期枯渇型資源への転換(メタンハイドレードの開発)や廃棄物の累積方法の開発(深海底貯留技術の開発)ではなく、枯渇型資源への依存および廃棄物の累積そのものか ら脱却する可能を追求しなくてはならない。
    「太陽熱だけであらゆる廃棄物を常に自然還元しつつ維持される工業体系」を最終的に実現するための技術開発が国家の目標になる。
 
 
23.バイオマスの利用
 
  • 廃棄物をお金に換え、化石燃料を代替することで二酸化炭素排出も削減できる。170種類のバイオマスを試した結果、まず3種を選んだ。製造したバイオオイルは天然ガスや軽油よりも安価だ。(カナダ、ダイナモティーブ社)
  • 未知の自然資源の開発
  • 遺伝子組み換え生物の利用
 
 
24.世界経済の究極の限界
 
  • もし、ひとりあたりの平均量が生命を維持するのに不十分ならば、平等な分配は社会の自滅になる。
 (1)突発的で制御不可能な破局を招くことがない持続性をもつこと。
 (2)すべての人々の基本的な物質的な要求を充足させる能力をもつこと。
    (成長の限界)
 
 
25.救命艇の倫理(ハーティン)
 
  • 世界の中で豊な国ほど、ほどほどの数の人が乗船している、貧しい国を猛烈に混んでいる救命ボートと考えることができる。貧しい人は絶えず彼らのボートから落ち、救命ボートの一つに乗船させてもらえることを願っている。ボートの外にいる貧しい人々の数は、船上の豊かな人々の2倍であり、救命ボートの収容能力は限られている。人口増加、世界食糧銀行、無制限の移民、経済発達の促進が環境に負わせている重荷はすでに、しかるべき限度を超えている。一つのボート、つまり合衆国というボートのことだけを考えるべきだ。
 
 
まとめ
 
 (1)持続可能性
    枯渇型資源への依存と廃棄物の累積から脱却。太陽熱だけであらゆる廃棄物をつねに自然還元しつつ維持される工業体系。選択の余地はない。
 (2)多様性の必要
    持続可能性の達成に、生物種利用が不可欠である。
 (3)利害の衝突
    枯渇型資源への依存が続く限り、地球の南北の利害は一致しない。現在世代と未来世代の利益は一致しない。
 (4)極限
    平等な配分が人類の滅亡をもたらす状態。
 (5)ローマクラブか救命艇か
    救命艇の倫理は、南北の和解は不可能、アメリカ単独主義のために、他の人々の生存を犠牲にすべきである。