2004年度 市民のための環境公開講座
   
パート1:
身近な環境問題  
第4回:
東京のカラス
講師:
川内 博氏
   
講師紹介
川内 博氏
日本野鳥の会東京支部 幹事
1970年代から東京の野生鳥類の生態を追いつづけている。そのなかで、ヒヨドリの留鳥化、コゲラの都心部新入、チョウゲンボウの市街地定着など、ダイナミックな野鳥たちの動きを観察・記録した。20世紀末、やむにやまれず始めた「東京のカラス問題」提示は、社会的に大きくクローズアップされた。『大都会を生きる野鳥たち』(地人書館)、『カラスとネズミ』(岩波書店)などの著書がある。都市鳥研究会事務局長も兼務。
 
1.はじめに
 
 東京のカラスは、生ゴミを食い荒らし「汚い」、人を襲い「怖い」、多すぎて生態系を乱し「困る」という迷惑な存在なので、数を減らそうと、東京都は巣を壊したり、捕まえたりしている。それで数は減るのか、問題は解決するのか?「カラス問題」という社会現象を根本から問いただすと、何がポイントでどうすべきかがわかる。身近にすむ彼らの生活ぶりから、ことの本質にせまります。
 
 
2.東京でのカラス問題への対応
 
 都立公園などの東京都の敷地各所に「カラストラップ」というものが仕掛けられています。トラップは、縦・横・高さが各3m程度の大きさで、一基作るのに30万円かかるとのこと。中にはエサと、おとり(囮)のカラスが入っていて、それに誘われて中に入ると逃げることができません。3日ごとに委託された業者が巡回して、おとり以外のカラスを回収し、二酸化炭素によって安楽死をさせます。その後の処理は、動物専門の葬儀業者に1kgあたり350円で託しているそうです。昨年は14,000羽ほどを捕えたとのこと。カラス1羽は600〜800gですので、その葬式代だけで300万円はかかったということになります。担当者によると、捕獲を中心に、あと2年で東京のカラスを7,000羽にするとか。トラップは100基以上設置されていますが、あまり目につかない場所に置かれていて、公表もしていませんので、実際目にした人は多くないでしょう。
 東京都は大金をかけて、なぜカラスを掴まえて殺すのでしょうか。その理由は、カラスがごみ集積所の生ごみ(以下、ゴミと表記します)を食い荒らしたり、繁殖期になると人を襲ったりするからです。厳密にいうと「人を襲う」という表現は正しくありません。カラスは自分の卵やヒナを守るため、人間のような強そうな動物を「排撃」する行為をします。それが人間にとっては攻撃ととられているのです。また、カラスは弱った動物や小さな野鳥類を襲って食べることもあります。いずれにしても、たくさんのカラスがいると、市民生活や野生動物にとって困った問題が引き起こされるので、ともかく数を減らさなければいけない。そのためには捕獲駆除という方法が必要だというのがその理由です。東京都は2000年からカラス対策を本格化させ、捕獲事業やねぐら調査などに、2002年度だけで1億数千万円を使っています。
 ところで、日本野鳥の会東京支部では都のカラス対策に先立ち、1999年に、街なかにたむろするカラス(おもにハシブトガラス)を考える『とうきょうのカラスをどうするべきか』という「カラスシンポジウム」を開きました。タイトルで「とうきょう」と平仮名で記したのは、対象地域が東京都だけでなく、東京を中心とした首都圏だということです。また、「どうするべきか」としたのは、その時点では、私のような野鳥の会支部の幹事すら、そう聞かれたらはっきりとは返答できない段階だったためです。実は野鳥の会に限らず、それまで多くの鳥関係者は、カラス問題に対してあまり手を出したがりませんでした。なぜならカラスが引き起こす問題は、いろいろな面で解決がわずらわしいことと、カラス自体がほとんどの人から嫌われているからです。
 しかし、1月に開いた第1回「カラスシンポジウム」には、500人が入る大学の大講義室いっぱいに来場者があり、非常に関心が高いことがわかりました。街なかに多数生息しているカラスをこのまま放置しておくと、彼らが困ったことをするので「駆除する」いう流れになることは予想されました。そういう話にならないようにシンポジウムを開いたのですが、われわれの力が弱かったためか、時代が悪かったためか、石原慎太郎氏が東京都知事に就任して以来、表立って行なわれたのは、心配した通りの「カラス退治」でした。
 
 
3.カラスとはどんな動物か
 
 カラスというのは食物ピラミッドでは、「雑食」にカテゴライズされます。(図1)
 
(図1)食物ピラミッドとカラスの位置
 
 
  カラスは自然界の掃除屋的な位置にあり、スカベンジャー(Scavenger)と呼ばれています。彼らは人間が食べるものは、肉・魚やその加工品、ご飯・めん類、卵やマヨネーズなどと何でも口にします。少々腐ったものや人が吐いたゲロなども平気で食べます。カラスは強力な雑食性で、人間が出すゴミは全て彼らの食べ物となるのです。その結果、早朝、人影のない路上に置かれたゴミは彼らの格好の餌となり、食い荒らしという事態が、繁華街だけでなく、住宅地でもずっと続いているということです。また、カラスは賢いと言われます。脳の重さを体重で割った値を脳化指数といいますが、カラスの値は、霊長類のチンパンジーよりは低いのですが、イヌ・ネコより高いことが知られています。動物の頭の良さを人間と比較することは難しいことですが、カラスは人の3〜4歳児程度ではないかと私は見ています。そのころの子どもは親の顔をよく見て、相手が本気で怒っているのか、ポーズで怒っているのかをきちんと見極めることができます。カラスの様子を見ていると正に同じことがいえ、人間が自分のことを怒っているのか、怖がっているのかを瞬時に見抜きます。彼らの賢さの根源は、じっくりと人間を観察して、それがどういう状況なのかということを考察することから始まり、どう動けば自分に有利になるかを判断できる洞察力をもつというレベルなのです。たとえば、仙台市では、車にクルミを割らせて食べるカラス(ハシボソガラス)がいます。私も実際その現場を観察したのですが、彼らの行動を見ていると、クルミを単に路上に置くのではなく、タイヤが通る位置に移動させるなどの微調整を頻繁に行なっていて、彼らの知能の高さがうかがえました。ところで、このクルミ割りの行動を見てみると、それは食糧確保のためだけでなく、「遊び」が入っていることを感じます。堅い殻は確かにくちばしでは割ることはできませんが、上空から舗装道路などの硬い地面に数回落とせばひびが入って食べることができます。仙台でのクルミ割りは、車がゆっくり走る交差点ですが、秋田県では自動車専用道路でも同じ行為を行い、車と衝突して死ぬカラスが沢山いるとのこと。命の危険を冒してまでやるというところに遊びの要素が見られ、彼らには「文化」があることを推測させます。カラスをきちんと見てみると、ただ単に悪さをする、憎たらしい奴ではなく、なかなか面白い存在ということがわかります。しかし、多くの人は、全身真っ黒という色に「不吉」を感じ、ゴミを食い荒らす「悪食」に気分を悪くし、カアーという大きな声を「悪声」と聞き、嫌らわれているのです。
 
 
4.有意義な成果が得られたカラス集会
 
 日本野鳥の会東京支部では、都市のカラス問題を考える集会を2段階で実施しました。当初は「カラスシンポジウム」として、立教大学の協力を得て1999年から2002年までに5回開き、次いで、2003年からタイトルを「カラスフォーラム」と代え、(財)日本野鳥の会と共催で実施しましています。
 両者はどう違うのか。前者は、日ごろ鳥を観察・調査している人たちが集まり、市街地に多数すみついたカラスの生態や被害の実態から、その対策を考える場でした。後者は、シンポジウムの結果、どうするべきかという結論、およびそこから考えうる対策を広く普及させるのを目的としています。
 シンポジウムのなかで、いくつも興味深い研究が出されました。たとえば、世界中のゴミの状況をアンケートで調べたところ、野生動物からゴミ類の食害を防ぐには、@ごみ容器をクマでも壊せないほど頑丈なものにする A各戸ごとに集める個別収集にするという2点に注意すればいいということがわかったという報告です。東京の場合、カラスからの食害は簡単に防げるのに、防ごうとしていないために問題化しているのだという鋭い指摘でした。また、きちんとした調査ではありませんが、私の知る限りでは、カラスのゴミ食い荒らしが大きな社会問題となっているのは日本だけです。ヨーロッパや北米では、都市環境のなかに目立つほどカラスは生息していませんし、インドでは日本以上にカラス(イエガラス)が生息していますが、東京のような話題にはなっていないようです。さらに、カラスという種類がいない南米のブラジルでは、クロコンドルがビニール袋で出されたゴミを食い荒らしていますが、ゴミの絶対量が少なく、まだ問題視されていないようです。
 このような情勢のなかで日本の実情を見ると、カラス問題が起こっているのは東京だけでなく、札幌市や仙台市など東日本で知られています。一方、名古屋・大阪・福岡といった西日本では昔から発生していません。調査当初は文化の違いや、夜間収集の有無などがその理由としてあげられました。しかし、私は、西日本に属する京都市の繁華街を調べていて、東京と同じように、ゴミがビニール袋に入れられ多量に放置された場所で、カラス(ハシブトガラス・ハシボソガラス)が袋を食い破っている現場を発見しました。このことは、カラスの食害が、東日本や西日本という地域的な問題ではなく、ゴミの出し方・回収の仕方の問題だということを示しています。
 一連のシンポジウムを通して、とうきょうのカラス問題の本質は、カラスが悪いのではなく、トラブルを引き起こさせたのが人間や社会システムであるということが明確になりました。カラスがこれほどまでに増えたのは、大量生産・大量消費の社会の流れと、そのために発生した大量のゴミの処理方法に欠陥があったからで、その結果が現状を作りだしたのだということです。
 その結論を得て開始したフォーラムでは、首都圏の自治体でごみ行政と関わっている職員の方に、カラス問題を考えた上でどういう対策を講じているかを報告してもらいました。たとえば、東京都日野市では、「ごみの大改革」ということで、数百回にわたって住民と対話し、従来からのダストボックスの廃止やごみの分別、有料化などを実施したところ、ゴミ漁りをしているカラスも激減したとのことでした。また、日本屈指の歓楽街を擁する新宿区では、飲食店の店主に早朝のゴミ食い荒らしの実態を写真で見せ、カラスが食い破れるビニール袋でのゴミ出しから、ふた付の容器出しに変更してもらうという地道な努力をされているとのことなどの実績を聞かせてもらいました。一方、参加した住民からも、地元での取り組み、行政への注文、また、ごみを通しての自治会のあり方など、現実的な話題提供があり、フォーラムを通じ、カラス問題がゴミ問題であるということを、行政関係者・住民の双方にしっかり認識してもらえる場として定着できそうです。また、行政の現場の人たちは、それぞれいろいろと工夫し、一生懸命実施されていること、また、住民の方も原因をよく研究をされ、興味深い成果をあげられていることがわかりました。〔※1〕
 
 
5.ごみ収集の有料化とカラス問題
  最近は一般家庭から出されるごみ収集を有料化するという傾向がみられ、すでに実施している自治体が増えています。朝日新聞にその話題が取り上げられ、特集記事が組まれたことがあります。そのなかで、有料化推進を主張する人は、ゴミの量によってお金がかかるというシステムにすれば、ゴミは確実に減っていくと主張しています。一方、有料化反対の人は、なぜ大量のゴミが出るのか、なぜ莫大な税金を使って処理しなければならないのかを根本的に考えると、消費者だけではなく、生産者にも大きな責任があるはずだといいます。この記事を読みながら、東京都のカラス問題とそっくりだと思いました。カラスが問題を発生させているのだから、それを捕獲駆除すればいいというのが東京都の主張。ゴミの処置がきちんとしていないからカラスが餌とし増えすぎたのだという野鳥の会側の主張。どちらが正しいのか、どうすればよりよい方法をとりえるのか、互いに同じ土俵にのって議論したいのですが、現実はそうは行かず、都が独断で捕獲を中心としたカラス対策をやっているのが実情です。ところで、野鳥の会と東京都の間で共通点があります。それは互いに『カラスの数を減らす』ということです。しかし、両者が同じ土俵にのれないのもその点なのです。われわれは、都が始めている「捕獲駆除」(有害鳥獣駆除)という方法には、事前・事後にそれなりの科学的な検討が必要であるということを口すっぱく説明しているのですが、東京都の担当者は聞く耳を持ちません。
 日本野鳥の会東京支部では、この問題を科学的に見るためには、広い範囲でのカラスの個体数を把握する必要があるとして、以前から都内全域のねぐら調査を実施しました。その後、カラス問題が広域的な社会問題だとの認識が高まり、神奈川県・東京都・埼玉県や千葉などで、ねぐらでのカウント調査が実施されました。東京支部が呼びかけた独自の調査と都県レベルの自治体の調査を一体化させたものが『東京圏におけるカラスの集団ねぐら分布地図』ということになります。東京駅を中心とした半径50q圏内に、100羽以上集まるねぐら(集団ねぐら)が100か所あり、そこに総計約13万9千羽生息することがわかりました。(図2)
 
 (図2)東京圏におけるカラスの集団ねぐら分布地図
  東京駅から半径50キロ以内にある集団ねぐらの分布状況
 
 
 われわれがこのような調査を実施したのは、この問題を根本から解決していきたいという考えからです。今後、いろいろな対策を講じても、それが有効なのか無効なのかを科学的に判断する材料のひとつとして、その数を把握する必要があります。東京都心部の3大ねぐら〔明治神宮・自然教育園・豊島岡墓地〕でのカラスの数の推移は、これまでのさまざまな調査から推測することができ、グラフ化されています。(図3)
 
 
(図3)東京都心部3大ねぐらにおけるカラスの個体数の推移
 
 
 1980年代から増え始めたカラスは、90年代に急増しました。そして、99年をピークに減少してきています。この推移については、今後さまざまな角度から検証する必要がありますが、とりあえず、個体数の増加がストップしたことは確実のようです。〔※2〕
 
 
6.カラス問題解決への道
 
 野生動物保護管理はどうあるべきか。これはその一例です。(図4)
 
 (図4)野生動物保護管理プロセスの模式
 
 
  対象動物に関係するいろいろな人がさまざまな意見を出して、そして合意の上で、目標と計画を立て実行する。その成果は社会学的背景のモニタリングと生物学的背景のモニタリングを随時行ない、フィードバックして検討するということを、常に行なわなければならないと思います。
  ところが、カラス問題に対して東京都がやったことは何なのか。2002年秋に突然都庁内に「カラス対策プロジェクトチーム」を作り、外部からの意見をほとんど聞かずに策定し、その冬から「捕獲駆除」を実行しだしました。モニタリングやフィードバックはやっていませんし、やる予定もありません。われわれは、この問題に対して「科学的委員会」を作って、どう解決するべきかを皆なで考えるべきだと常々主張しています。首都東京の野生動物の管理は全国的な影響が大きいので、現状では大問題だと思われます。
  また、別の角度からも東京のカラス問題を継続的に見ていて歯がゆく思うことがあります。それは、一般の人が、いつまでもカラスを必要以上に怖い動物と思い込んでいることです。無責任なマスコミなどでは「恐怖の怪鳥・空から襲撃」「カラスの知恵に人は勝てない」といったタイトルで扇動しているのも見かけます。カラスはいつのまにか『怖い鳥』というレッテルがはられてしまいました。カラスは意味もなく人を襲うことはありません。また、カラスの賢さは幼児並みです。体力的にも、知能的にも人間はカラスと比較できないくらい強い動物なのです。ただし、だからといってカラスを侮っていけません。都市環境にすむ危険な生物のひとつであることは間違いありません。傷を負っていて弱っている、小さくて弱いとなれば襲って食べてしまいます。人間の赤ちゃんが襲われた例はありませんが、気をつけておくことは必要です。何といっても野生の大型動物ですので、人から一歩離れた状況に置いた方が賢明です。
  カラスは太古の昔から農業上では大害鳥です。私が、東京のカラス問題を社会に問うたとき、最初から農業被害には触れませんでした。数千年たっても解決できない問題だからです。しかし、街のカラスの害は別です。カラス問題がごみ問題だと気づいた今、自分たちが出したゴミをどう管理し、どう処理するかは難しい問題ではありません。できないのではなく、しようとしないから解決しないのです。ゴミのコントロールは、その気になればできないことはありません。そして、きちんと管理できれば、「街のカラス問題」なるものは自然と解消されてしまいます。私は、ゴミの食い荒らしをしているカラスを『ゴミの山に咲いた黒いあだ花』と評していますが、命あるものを自分の不始末で過剰に増大させ、邪魔だから殺すといった理不尽で身勝手なことが早くなくなることを願っています。
 
 
※1:カラスフォーラムは、2005年に終了しました。
※2:その後も、複数のねぐらカウント調査で、減少傾向が示されています。
 
 
【参考文献】
(1)
川内博・松田道生編,1999〜2002.第1〜4回カラスシンポジウム報告書.
日本野鳥の会東京支部
(2)
川内博・遠藤秀紀,2000.カラスとネズミ.岩波書店
(3)
羽山伸一,2001.野生動物問題,地人書館
(4)
日本野鳥の会編,2001.自治体担当者のためのカラス対策マニュアル.環境省
(5)
杉田昭栄,2004.カラス なぜ遊ぶ.集英社新書
(6)
川内博,2005.街にすむカラスと仲よくするには.私たちの自然509:18-19