2005年度 市民のための環境公開講座
   
パート1:
環境問題最新事情  
第2回:
排出権取引の概要
講師:
饗場 崇夫氏
   
講師紹介
饗場 崇夫氏
1991年早稲田大学 政治経済学部 政治学科 卒業。1991年に日本開発銀行(現 日本政策投資銀行)に入行。LNG船建造に係るデリバティブを活用した外貨変動金利融資等を担当した後、ハーバード大学ケネディ行政大学院で環境経済学等の応用ミクロ経済学、環境・自然資源政策及びについて学ぶ。その後、JICAのヴィエトナム、モンゴル、ミャンマー等の開発政策関連調査を行う一方、国際的温暖化政策に関する調査や情報発信を幅広く実施。
地球温暖化関連の調査を、環境経済学的視点だけでなく産業組織論、開発政策等の幅広い観点から多面的に実施してきており、OECD主催の国際ワークショップで発表を求められるなど国際的に活躍している。日本政策投資銀行が平成15年度に新設した、京都メカニズム活用事業促進出資制度の創設や日本温暖化ガス削減基金の立ち上げにも重要な役割を担ってきている。現在、日本政策投資銀行社会環境グループ/政策企画部の中核メンバーとして、地球温暖化問題関係の調査や日本政策投資銀行の温暖化対策関連出融資制度の統括などに従事している。
 
1.排出権取引とは
 
 排出権取引とは、簡単に言えば汚染物質を排出できる権利を作り、それを自由に取引させることで排出削減を効率的に進めようとするものです。削減費用が低いオプションから、主体をまたがって活用されるようになります。バンキングとは、今早めに削減した分を銀行に預けるように将来に残しておくもので、これにより対策を進めるうえでの時間的柔軟性が増し、費用効果的に排出削減を進められる効果があります。排出権取引によって汚染物質を減らすことがお金になりますので、継続的に技術革新を進めて、排出削減を進めようというインセンティブが生じるわけです。
 これが有効に働くときの条件は
 1)削減費用が各主体でバラバラである。みんなが同じ費用で減らせるような場合では有効に働きません。
 2)排出物質の環境影響に地域性が少ない(どこで減らしても効果は同じ)
の2つです。温暖化の場合は、CO2が排出された場所によって地球全体の温暖化への影響が変わるわけではないため、地球全体のどこかで効率的に減らせば温暖化は防げることになります。しかしアフリカで大気汚染を減らしても日本の大気汚染がなくなるわけではありません。そういう意味ではあまり有効に働かない場合もあります。
 例えば、ある会社で何らかの設備があって、3年後には耐用年数が来るので新しい省エネの設備に変えようとしています。そのときは合理的に減らせるのですが、今やれといわれると、その分の損をしなければいけないケースを考えましょう。規制ではそういう場合でも無理やり対策を取る必要がありますが、排出権取引では、他の今のタイミングで安く削減できる企業が削減した権利を買って削減約束を果たせば良いわけです。
 排出権取引は時間をまたいでもうまく権利を買ってきて調整できます。これは非常に基本的なものであります。企業からすると、将来の約束のために前倒しして排出削減を進めて将来に備えることなどが出来るわけです。排出権取引には大きく分けるとCap&TradeとBaseline&Creditというものがあり、どちらの考え方も京都議定書に含まれています。Cap&Tradeとは、例えば、ある企業の1年間に出す排出量の上限を100と定めて、実際の排出量がそれより少なかったらその余剰分を売ることができ、上限よりも排出量が多く出たら、過分を他から枠を買って穴埋めするという制度です。Baseline&Creditとは、排出量にあるベースラインを設定して、それよりも排出量が少なかったら、そのベースラインとの差を削減量として認めて排出権として取引できるというものです。
 
 
2.京都議定書と世界のカーボンマーケット
 
 温暖化は確実に進んでおり、今世紀末には1.4〜5.8度上昇するだろうと予想されています。東京はこの100年間で温度が2.9度上昇しています。今後、温暖化が進むと平均気温が4.4度上昇し、年の1/3くらいが真夏日になるのではないかと予想されています。
 温暖化問題の解決は、非常に多くの困難を抱えています。大気の問題ですから、日本が頑張って減らしてもアメリカが排出を増加させているようでは問題の解決にならないのです。南北問題の側面では、途上国は、温暖化は先進国がエネルギーを沢山使ったから起きたのだと主張しています。途上国一人当たりの排出量は、インドはアメリカの1/20、日本の1/10なのです。しかし、温暖化の悪影響は主に南側の途上国に起きるので、開発援助の問題が出てきます。エネルギー利用について考えてみると、例えば温暖化対策として日本が10%減らすということは、エネルギーの使用を10%節約することとほぼ同一です。冷房を使わないでください、車に乗らないでくださいと言われかねないので難しい問題を抱えています。
 温暖化の問題は、CO2が大気中に長い間溜まってしまい、それによって引き起こされる問題(ストック外部性)なので、対策が難しいという面もあります。少し減らしたからといってすぐに温度は下がりません。50年から100年以上の継続的対策が必要になります。費用対効果や費用負担の公平性、必ずしも合理的でない国際交渉が含まれ、それぞれの国ごとの事情があるという問題もあります。
 産業革命以降のCO2排出量のストックを計算すると、約8割が過去50年間に排出されたもので、最も排出が多いのがアメリカです。旧ソ連は90年代に経済体制が変わったため、排出量が激減しました。一方、中国は急伸し、2020〜30年にはアメリカを抜くかも知れないとも言われています。そういう各国の事情や問題を抱えたまま、世界全体の総量を超長期間にわたって減らしていく必要があるわけですが、京都議定書はその第一歩として貢献することが期待されています。
 京都議定書では先進国38カ国に排出総量キャップを嵌めました。一方で、国ごとの対策コストの違いに幅があることなどから、米国の主張で京都メカニズムの規程が埋め込まれました。Emissions trading(ET)、Joint implementation(JI)、Clean Development Mechanism(CDM)です。
 京都議定書は非常に画期的な仕組みではありますが、残念ながら排出削減量のcoverage(範囲)が限られてしまいました。2000年の世界のCO2排出量は、中国・インド・その他途上国等が全体の4割くらい、京都議定書に批准していないアメリカは4分の1くらいです。つまり京都議定書でカバーされるのは最大で3割程度でしかなのです。
 日本はオイルショック以降、製造業等の省エネが進んだため、今後さらに減らそうとすると非常に高いお金がかかると一般的に言われています。日本は世界で1トン当たりの削減コストが高い国に分類されているのです。一方、中国は省エネをあまり考えていないですから、日本よりも安く減らすことができます。世界中のMAC(限界排出削減費用)がバラバラの状態で、最も効率よく、世界で排出削減を進めるために排出権取引が必要なのです。取引は近年劇的に増えてきています。
 
 
3.欧州排出権取引制度の企業への影響
 
 2005年1月からEU ETS(EU Emissions Trading Scheme)が正式に開始され、すでに1,000億ユーロ以上の取引が行われました。これまでは世界の排出権取引市場はCDMが中心だったのですが、EU ETSが2005年は爆発的に増えています。
 旧東欧の国々は、1990年と比べて排出量が急激に減っています。社会主義のときに非効率だったものが、経済が自由化し、設備が廃棄されたり、切り替わったために大幅に減っているのです。一方で西の国々は増加している国が大半で、京都議定書の目標とはかなりギャップがあります。非常に簡単に言えば、欧州のなかでの東欧等の安く排出量を削減できるオプションを、欧州全体で効率的に使いましょうということで作ったのがEU ETSという仕組みと言えます。
 排出量取引の一つの特徴は、各施設の排出量をきちんと測りモニタリングする必要があるため、対象となるものは大規模排出源だけになることです。EUの場合もセメントや鉄鋼・電力だけを対象にしています。
 激変緩和の目的もあり、過去の排出量に応じて排出権を無料であげる仕組みであるGrandfatheringという制度が使われています。過去数年の排出実績をベースに少しだけ少ない量の割り当てをし、その分を無料で配布することで、大部分の排出にはコストがかからず、少しだけ買えば済むようにしたのです。制度を単純にするために、直接排出だけが対象になっています。例えば、EUのとある工場で灯油を燃やして自家発電設備で発電し、そこでCO2を排出していたのを、電力会社から電気を買うように転換するとEUのルールでは削減になります。つまり発電の間接排出は関係なく、総量排出枠の責任を決め、発電関係は電力会社が責任を持つ仕組みです。EU ETSでは約11,000の施設、日本全体のCO2排出の倍くらいのcoverage(範囲)があります。各施設は、設定された排出枠を守らないと高額な罰金がかかります。各国別に最初のCapをかけるので、EU全体の統一的な仕組みで基準を作り割当をしていますが、実際に各国別にいろんな割当をしており、同じ業種の施設でも求められる削減量はばらばらのようです。正確なデータが発表されておらず比較は難しいのですが、既に決定された2005〜2007年度分のEU全体の排出枠は、2004年のEU全体の推計値と比べると増加している(排出削減でなく増加が許されている)ようです。各国の割当は欧州委員会がガイドラインに従って、必要以上の排出枠を配分してはいけないことになっていましたが、これから経済成長をするなどの理由で多めの枠が配られたのです。これは排出コスト上昇の影響を受ける企業が、政府にロビー活動を展開した結果だと思われます。Capをどう決めるか。これは難しいところです。各国政府が京都メカニズムのクレジットを海外から購入することでも、各国の京都議定書の目標が達成されますので、もし企業への排出枠を緩めに設定するのなら、その代わりに国が排出権を購入する必要が出てきます。多くの西側諸国では国が買うから企業の排出削減を甘くするというやり方をしました。イギリスやドイツや旧東側の国は、政府はそのような購入をするとは約束していません。そこからも、イギリス、ドイツなどの京都議定書の目標達成が容易であることが推察できるわけです。
 EU ETSでは、ほぼ100%に近い排出枠が無料で配られているようです。政府は2005〜2007年までは5%まで有償で配分することも出来たのですが、企業からの反発が強かったからです。
 先ほどGrandfatheringとは、過去の排出量に応じて排出権を無料であげる仕組みと説明しました。そうすると既存の設備を持っている人は排出権を無料でもらえ、新規参入者は過去の排出実績が無いため、無料でもらえないのです。そこで新規参入リザーブを設けて、無料の枠を作るということになります。それがどう決まるかといえば、誰が入ってくるかは判らないものですから、あてずっぽうで決めるしかありません。よって、国によってはリザーブを取らなかった国もあり、その一方ではリザーブを多めに取得して企業誘致に使おうという国もありバラバラでした。
 対象施設のなかで大規模排出をしているのは電力会社ですから、半分以上は電力向けの配分になったようです。しかも、電力向けの配分は他のセクターに比べると厳しく、かなりの削減が求められているようです。先ほど、京都議定書でカバーされるのは3割程だと説明しました。ヨーロッパでは、一部の製造業はアフリカやアジア、米国と競争しています。製造業者は国際競争力の問題で自分たちだけにコスト負担がかかると政府に主張したため、製造業者についてはほぼ必要な分の排出枠が無償で配られました。その一方で、ヨーロッパでは石炭から天然ガスへの転換が比較的簡単にでき、安く削減できるオプションがある他、国際競争力の影響が少ないと考えられた電力会社は少ない量しか割り当てられませんでした。結果的にどうなったかといえば、普通の製造業への影響はあまりないと推計されています。効率的な発電設備や、水力発電のような炭素が排出されない発電設備を持っている企業はものすごい得をするのではないかと推計されています。なぜなら販売電力価格が上がるのに、それらの設備では、設備投資や排出権購入による追加コストが無く、利益がどんどん出るからです。一方で、電気を使ってスクラップ鉄を鉄材にしているような企業は、電力代がまともに上がることで大きな影響が出ると推計されています。
排出量は、
 排出量=活動量×エネルギー利用効率×エネルギー利用効率当たりの炭素含有量
で決まります。活動量(生産量等)以外のところで減らそうとすると、水力・風力・太陽光のような炭素を含まないエネルギーを使うか、エネルギー利用効率を向上させ効率的に使うかですが、その方法では削減率がたかが知れているので、日本の工場では毎年1%を改善するために苦労しているのです。そのため、10%減らすには生産量を減らすしかないという事態になりかねないわけです。生産量を減らすことにはものすごい反発がでます。長期の排出枠を決めるには、その企業の20年後の生産量がどれくらいかを決めないとCapができません。難しい問題なのが、実践してみて判ってきました。
 
 
4.日本国内の地球温暖化対策の状況
 
 EU ETSで直接的に影響を受ける日本の企業はごくわずかですが、電力やガスは使うので値段が上がると損をする場合もありします。エネルギー価格が上がるわけですから、ハイブリッド車など高効率なものはビジネスチャンスかもしれません。また、電力会社は株価が相当影響を受けていますので、投資している人々は影響を受けるかもしれません。EU ETSは世界最大の排出権取引市場なので世界の指標になってきています。それは日本の市場設計にも影響すると思います。
 日本は、2002年は基準年から7.6%増え、2003年度は8.3%増といわれており、議定書の目標からは14%以上の乖離があります。京都議定書の目標達成計画は4月28日に閣議決定されて、目標を達成しましょうということで対策が決まりました。
 温室効果ガス排出量の見通しと主な対策ですが、基準年(1990年)の日本の排出量は1,237(百万)トンでした。それが2002年度には1,331(百万)トンになったのです。京都議定書の目標である1,163(百万)トンと170(百万)トンくらいのギャップがあります。しかも、経済産業省のエネルギー見通しだと、エネルギー起源CO2は今後もっと増えると言われています。しかし、枠をどう買ってくるかの具体策がまだ決まっておらず、そこを考えなければいけません。ただし日本の場合、産業界の排出量は減ってきており、自主行動計画に任せるようになっているので、EUのような排出量取引制度は現状考えられていません。
 環境省で自主参加型国内排出量取引制度を実験的に実施することになり、34社の参加企業が決まりました。どういうことを実施するかといえば、燃料のエネルギー転換が多いようです。これにより、CO2は年間トータルで276(千)トン位、減少すると予想されています。
 日本はヨーロッパと比べるとエネルギー供給構造が違います。ヨーロッパのように天然ガスをパイプラインで安く買えず、エネルギー効率は日本企業の方が良いケースが見られます。つまり条件が全く同じわけではないのです。
 日本で排出量をコントロールする場合、Carbon Leakageの問題があります。例を出して説明すると、日本の鉄鋼等は1トン生産するのに約1.8トンのCO2が排出されます。費用が追加的に1トン4,000円かかるとすると、ものすごいコスト増になり日本の生産量が下がります。そこで、他国で安く生産したものを買ってくることになります。そうすると京都議定書のルールの下で日本の削減は減ったことになりますが、地球全体では減らないわけですね。日本から排出枠のない中国に工場を設けたとなると、たとえ同じ設備だとしても、日本の電気は原子力発電などで1KWあたりの排出量があまり多くないのですが、中国は石炭火力が大半なので単位あたりCO2排出量は倍以上なので、CO2排出は倍増することになります。日本としてもこうした問題をうまくコントロールしないといけないのです。
 日本では地球温暖化対策推進法が改正されて、温室効果ガス排出量の算定・報告・公表制度ができました。これにより全国の7〜8千社、1万数千事業所は温室効果ガスの排出量を届けなければいけなくなりました。どれくらいの排出量があるかが一応ガラス張りになることになったため、今後排出削減が進むことがする可能性が期待されています。
 色々な対策があり、色々なビジネスチャンスもあるのですが、途上国で減らしたオプションを使おうとするとまだ結構難しいという状況にあります。昨年の12月に、海外でのプロジェクトを効率的に進めるため、日本温暖化ガス削減基金を私ども政策投資銀行と国際協力銀行と日本の31社の企業と一緒に設立しました。こうして海外でのプロジェクトを効率的に進めようという仕組みをつくったわけです。
 
 
5.まとめ
  直接的な排出だけではなく、LCA的な視点も重要です。例えば液晶モニターとブラウン管の排出量を見ると、素材の部分と生産だけでは、液晶パネルの方がクリーンルームを使う分などでブラウン管よりも倍の排出が出ます。しかし、モニターの場合、一番CO2が出るのは使われる段階なのです。5年間使うと、液晶パネルは省エネで7割の削減ができます。トータルでは45%も少ないのです。そのため、生産時の削減のみを規制で減らすとすると、液晶パネルを作ることはなかなか難しいのですが、トータルでの排出削減を考えないといけないのです。
 排出権取引と税で各主体の限界排出削減費用をうまく平準化できると安く削減でき、技術開発へのインセンティブもわき、途上国の削減プロジェクトに対して、途上国の負担なしに先進国の技術を導入することがやり易くなります。温暖化対策には長期間に多額のコストがかかりますので、メリット・デメリットをよく勘案し、比較的効率的な仕組みを築きあげなければいけないのです。