2005年度 市民のための環境公開講座
   
パート3:
日本の食の現状  
第3回:
食の安全と環境
講師:
小泉 武夫氏
   
講師紹介
小泉 武夫氏
東京農業大学教授
1943年、 福島県生まれ。実家は代々酒造業を営む。東京農学大学醸造学科卒業。農学博士。 1982年より東京農業大学教授。 専門は醸造学、発酵学、食文化論。鹿児島大学客員教授をはじめ、国立民族学博物館共同研究員、NHK国際放送番組審議会委員、(財)東京顕微鏡院理事、日本東京スローフード協会会長なども務める。現在、NHK、日本経済新聞夕刊などでも活躍中。著書は『中国怪食紀行』『発酵食品礼讃』『納豆の快楽』『食と日本人の知恵』など90冊を超す。
  
 
1.「農」を軽んじる日本
 
 現代の日本では、食べ物を採ったり作ったりする人が激減し、これにより食の環境が一変しています。一昨年、医師国家試験を受けて医者になった方は約6,700人ですが、一方では、新たに農業を継いだ若者は全国で5,000人に満たなかったそうです。さらにびっくりしたのは、全国に農業高校が約100校あるそうですが、そこを昨年卒業して家の農業を継いだ人は全国で400人程だそうです。果たして「農」の大切さはどこまで教育に反映しているのかという問題を考えると、ますます日本は大変な国になると思っています。このことは、農水産業を若い人たちに対して、魅力のある職業だと教えてこなかった表れです。とにかく日本は、工業生産国家となってあまりに豊かになってしまい、工業製品を海外に売っても外国から買うものが無くなり、結果として農産物を輸入するようになったのです。日本は、教育の中で農業に対する認識が非常に低く、「農」という尊い学問に対して、全く大切にしてきませんでした。
 
 
2.「食」を軽んじる日本
 
 政治の話になりますが、この前の選挙でも、自民党と民主党のマニュフェストを見ても、食糧問題と農業問題は一行も書かれていません。そういう政治家の元に我々はいるわけですから、日本の将来の前に次の子ども達をどうするのか。一人一人が真剣に考えなければいけない問題だと思います。
 海外に食を依存すればいいという論理になぜ私が反論するかといえば、まず安心・安全の問題です。私たちは食べなければなりません。例えば中国から入ってくる野菜には非常に大量の農薬が入っていたり、台湾のウナギから異常なホルモン剤が出てきたり、チリで養殖しているサケに高濃度の抗生物質が入っていたりということが、数年前から大問題になりました。それからBSEや鳥インフルエンザの問題、遺伝子組み換え食品の問題。そうした安心・安全な食の環境が崩れてきています。
 また、海外に食料を委ねることがなぜ危険かというと、21世紀になって地球規模の異常気象が発生しています。日本への食糧供給国が食糧を生産できなければ、それらの供給国は食糧の輸出をストップします。現に中国では自国内の大豆の消費が増え、日本への輸出が突然止まるということが出始めています。ところが日本は食糧の自給率が非常に低く40%です。他国の自給率を見てみると、アメリカは128%、フランスは134%、カナダが182%、オーストラリアは328%です。
 水産物もひどい状況です。水産庁の漁業資源課に聞いたら、日本の水産物の自給率は57%まで落ち込み、どんどん低下しているそうです。かつては世界一魚を食べ、獲って、魚を輸出していた日本人が、今や世界一、魚を買っているのです。
 世界一おいしい鮭は北海道の知床や根室、釧路、石狩の辺りです。ここは豊富なプランクトンと小魚で、脂の量が違うのです。ところが、ここ数年間の間に北海道の鮭業者がどんどん潰れています。何百トン・何千トンと獲ってきても、日本の鮭が売れないからです。それは、チリから安い養殖の鮭が入ってきて、価格破壊が起きてしまったからです。世界一おいしい鮭は北海道の知床や根室、釧路、石狩の辺りです。ここは豊富なプランクトンと小魚で、脂の量が違うのです。ところが、ここ数年間の間に北海道の鮭業者がどんどん潰れています。何百トン・何千トンと獲ってきても、日本の鮭が売れないからです。それは、チリから安い養殖の鮭が入ってきて、価格破壊が起きてしまったからです。
 日本では鮭を稚魚にして川に放します。そうすると数年後には戻ってきますが、回帰率は1%以下です。一方、チリの鮭の養殖環境は劣悪です。稚魚を川に放さないで、大量の配合飼料を食べさせ、たくさんの抗生物質を入れているのが現状です。なぜチリの鮭は安いのかといいますと、それは稚魚を川に放さないからです。このやり方だと100%獲れますし、日本のように船で鮭を獲りに行く必要もありません。そして育て上げた鮭の腹をその場で割き、塩漬けにして日本に輸出しているのです。それがコンビニ弁当やおにぎりの具になるのです。
 日本の鮭が高いのは当たり前です。海に獲りに行くのだから人件費や油代もかかります。冷凍しても冷蔵庫代がかかりますから、日本の鮭は、買い叩かれて中国に行っています。安い人件費で、最高の日本の鮭を缶詰にして、Made in Chinaでアメリカやヨーロッパに売りつけているのですよ。その一方、日本人は値段が安いというだけで劣悪なところで養殖した鮭を好んで食べているのです。
 先日、インターネットで調べたら、日本で一番安い幕の内弁当は、鮭の切り身が入っていて263円です。更に調べてみたら、ご飯はカリフォルニア米、カリカリ梅は中国産、鮭はチリ産です。ウインナーソーセージも外国産です。柴漬けも割り箸も中国産。日本のモノは何もありません。安ければいいという思考が、民族の食文化まで犯しています。
 
 
3.食と日本人
 
 西日本新聞で食の安全についてのシリーズをやっていました。そこで非常に奇妙な現実が出てきました。福岡では賞味期限切れの食べ物はものすごい量が出ているのですね。それを産業廃棄物業者が15,000円〜17,000円/tで引き取り、焼却処分か最終処分場に埋めてしまいます。それをもったいないと思った産業廃棄物業者の人が、賞味期限切れのコンビニ弁当やおにぎりを、養豚をやっている友達にエサとして廻してみました。そしたら、それを食べた豚が下痢をおこしたり体に変調が起こったりしたそうです。ところで日本の若い男性の精液中の精子が激減しているそうです。昭和40年に日本の成年男子を調べたとき、精液1ccの中の精子の数が平均1億2千万で、世界平均でした。ところが平成12年に測ったら平均8千9百万まで下がっていたそうです。
 また、今の日本人はとても「キレテイル」そうです。かつては「あいつはキレ者だ」といったら凄い人だということでしたが、今では「あいつキレるぞ」と言ったらみんな逃げますからね。同じ言葉でも、これだけ意味が違ってきました。その原因は食べ物だとされていますが、一つにはミネラルの不足だという指摘があります。昭和30〜40年代の食事のミネラル摂取量と、現代の人との比較では、何と1/7にまで減っているそうです。ミネラルが不足するとアドレナリンの分泌を抑えきれずキレてしまう、という考えです。
 
 
4.生産者の改善へ向けて
 
 私は農家のためには、農協を根本的に変えるべきだと思っています。農協は本来、市民のためにあるべきです。そして市民に安心・安全・おいしさの農産物を提供することによって、みんながそれを食べ、農家が助かっていくのです。兵庫県では生協・農協・漁協・森林組合がユニオンをつくりました。すると農産物に信用が出て売れるようになり、今度は農民が忙しくなってきた。
 大分県大山町では、農家一軒当たりの平均所得は1,600万円/年ですよ。一方、全国平均は390万円前後です。大山町の農家は攻めの農業を行っていますから、自分達で「プロフェッショナル農業集団」を結成して、厳しい農業の掟を作りました。麦農家は、収穫した麦でパンを販売して農産物の付加価値を自分たちで付けたり、自分たちで農民食堂を作ったのです。その食堂は平日で2時間待ちです。1,180円で80種類のものが食べられ、それらはみんな農家のお婆ちゃん達が交代で作っています。そのおばあちゃんたちも給料を得て楽しく働いています。
 
 
5.変革は地方から
 
 日本の景気は良くなったと言われますが、それは東京の証券や金融市場を見ているだけで、地方にいくと空洞化が進んで酷いものです。
 こんな狭い日本で、みんな車に乗って大型店舗に行ってモノを買って、気がついたら我々はアメリカの生活になっているのですね。気がつかないうちに凄いグローバル化されています。昔からのお店が無くなったから、助け合いの心も無くなりました。それでは良くないということで、福島県は条例でこれから新たに大型店舗が作れないようになりました。日本人は、今こそ元に戻らないと駄目なんですよ。これからは地方が一生懸命取り組んで、自分たちの歩むべき道を取り戻して行かねばなりません。
 
 
6.民族としての食
 
 日本人はこの40年間で肉の消費量が5.2倍に増えました。かつての日本人の食は低蛋白・低脂肪・低カロリーでした。ところが40年間の間に逆になり、高蛋白・高脂肪・高カロリーとなりました。これだけ劇的に食生活を変えたのは、地球上に現れた民族の中ではいません。これはある日突然に草食性動物が肉食性動物になったくらいの変化です。
 日本人がなぜこのように肉を食べるようになったか。それは肉ほど簡単な料理は無いからです。フライパンで表裏を焼くだけですからね。日本人は肉を過信しすぎていますが、食べすぎは良くありません。肉を食べすぎると血液が酸性になってアシドーシス症となったり、血中コルステロールや中性脂肪が高くなったりします。我々日本人は肉を食べてきた歴史が無いから、体が十分に対応できないのです。
 どの民族だって長い生活の中でDNAが作られてきたわけだから、今の私たちはそれに反抗しているわけです。食の環境をしっかりしないと民族まで滅ぶという感じを持っています。
 
 
7.食育への提言
 
 今、さかんに「食育」ということが言われていますが、私にしてみれば「食育とは大人を教育することだ」と思っています。子どもに責任はありません。また、子どもに文化を教えることが重要です。民族と文化というモノは、その民族が住んでいるところに当てはまるかどうかでできあがっていきます。言葉がそうです。食べ物もそうです。食べ物は立派な文化なのです。我々がみんなアメリカのモノを食べて御覧なさい。子ども達には何の文化も残りません。
 そして、子どもに食べることの意味を教えないといけない。私は小学校で「食べることの意味」というお話をしてあげるとき、こういうやり取りをします。
 
 小泉「太郎君、きみはどうして食べるの?」
 食太郎「腹が減ったから」
 小泉「食べたものはどうなる?」
 太郎「ウンコになる」
 小泉「じゃあ、君はウンコ製造器かな?」
 
 そこから、食べるということはどういうことかを説明するのですね。死んだ人は冷たい。生きている人は温かい。なぜ温かいのか。それは食べたものを熱に変えているからです。食べ物というものはいかに生産活動をしてくれているかを、子どもにわかりやすく説明するわけです。こうすると、太郎君は食べる意味をその場で理解します。
 さらに、江戸時代にあった食育の格言では、食べ物を与えてくれた人に感謝しなさい、食べ物を作ってくれた人・獲ってくれた人に感謝しなさい、食べ物は非常に大切だから、一粒も一滴も残すな、他人の食べているものにうらやましさを感じるな、とあります。このように江戸時代の食育では、食べることの基本を教えています。
 そうして「いただきます」の意味を教えなさいといっています。世界中どこにいっても、食事の前に「ありがとう」と、目に見えない世界に対して(神・仏・精霊)、感謝の気持ちを表します。日本だけは「いただきます」です。食べ物は全て生き物の犠牲なのですから、日本の「いただきます」は「あなたの命をいただかせていただきます」なのです。他人の生き物の命をいただいて私は生きているのだから、食べ物は無駄にできないのです。食に対する畏敬の念を教えなければいけません。
 そして子ども達には、日本の食の危機を教えないと駄目です。食料自給率の問題、食の安心・安全の問題を教えないといけません。子ども達を食で教育して環境を守らないといけないと思います。
 
 
8.大人の責任
 
 例えば、今度は環境問題の例ですが、日本は京都議定書を発唱した国です。ところが、自治体の92%は生ゴミを燃やしています。なぜかといえば、燃やすのは簡単なのです。全国に焼却場があるからです。しかし、それらのゴミ焼却場は燃料代・メンテナンス代・人権費など、大変な費用がかかる上に、危険な焼却灰も出る。その灰は産業廃棄物の業者達にお金を払って引き取ってもらっています。その灰は一部埋立てに回っていますが、大半は最終処分場に埋められています。子どもに大きな負のプレゼントをしていますが、これでいいのでしょうか。
 ではどうすればいいかというと、生ゴミを発酵させて堆肥にする堆肥センターを作ればいいのです。運転資金も安く済み、20日間で肥沃な土になります。この土を山に戻せば、その下の田・畑・川・海まできれいになっていきます。
 福島県須賀川市の吉田一郎氏は、自分で6億円の資金を作って、400メートルの堆肥センターを作り、生ゴミや食品廃棄物を土に戻しています。酪農家からは屎尿を預かり、肥沃な土にして酪農家に戻し、それを使って酪農家や周辺の農家は有機農業を始めました。彼は農家に土づくりから「作る喜び」と「経済効果」が生まれることを教え、生ゴミや食品廃棄物がプラントで土に変わる姿を子ども達に見せています。彼は私の最愛の弟子ですがそういう実践家もいるのです。