市民のための環境公開講座は、市民の皆さまと共にSDGsをはじめとする地球上の諸問題を理解し、それぞれの立場でサステナブルな未来に向けて具体的に行動することを目指します。持続可能な社会を実現するためにダイナミックな変化が求められている中、さまざまな切り口から “ゆたかな” 暮らしを考えていきます。
気候変動の過去、現在、未来
世界人口、経済活動やエネルギー・水の使用量、海外旅行など人類の活動が1950年ごろから急加速しています。それに伴って二酸化炭素や大気汚染物質の排出が増加するなど、地球環境への負荷が急加速しています。これを地球環境の「大加速」論と言います。
プラネタリーバウンダリーという概念をご存じでしょうか。9領域(気候変動、新規化学物質、成層圏オゾンの破壊、大気エアロゾルの負荷、海洋酸性化、生物化学的循環、淡水の変化、土地利用の変化、生物圏の一体性)が、環境破壊や汚染の進行によって境界点を超えると、元には戻せないという考え方です。昨年、環境科学者たちが評価したところ、すでに図で赤く記した6領域で境界点を超えている状況にあるとのことでした。
このうち気候変動は、世界が産業革命前からの気温上昇を1.5℃未満に抑える目標のもとで努力していますが、産業革命以降、すでに1.1℃上昇しています。今後、特に努力をしなかった場合、今世紀末に4℃~5℃気温が上昇するシナリオや、世界中の各国政府が掲げるカーボンニュートラルの達成目標を合計した場合でも、2℃以上上がるシナリオなどがあります。
世界で生じている、気候変動による健康影響
この先、気温が2℃や4℃度上昇すると、豪雨、洪水、熱波などの極端現象(気象災害)の頻度が増加します。特に今世紀中に4℃~5℃上昇するシナリオをたどった場合には、今世紀末に1億人程度が洪水被害に遭う可能性があるとされています。
バングラデシュの首都ダッカでは、1998年に洪水で市内の50%以上が浸水し、コレラのアウトブレイクが発生しました。2010年以降、熱波に曝露した高齢者が急増しています。特に多いのが中国やインド、超高齢社会の日本です。
人間以上に気温上昇に敏感なのが生態系です。例えばマラリアを媒介する蚊の生息域が気温上昇とともに拡大すると、熱帯感染症の流行域も拡大します。約70年前にはマラリアの流行に適さなかった地域の約10%で、すでに流行が可能というデータもあります。花粉症も気温上昇によって花粉飛散時期が早まり、飛散期間が長期化する可能性があります。
また、降雨パターンが変わって水質が影響を受けると、水を媒介した下痢症などの感染症リスクが上昇します。さらに異常気象によって食料生産に影響が生じて食料価格が高騰し、栄養失調の子どもが増える可能性もあります。その他にも、ある種の大気汚染物質は、気温上昇によって毒性が増すことが報告されていますし、呼吸器疾患や、ある種の心臓血管系疾患リスクが高まる可能性もあります。
2014年にWHO世界保健機関が発表した、気候変動による過剰死亡の予測推定値によると、2030年から2050年に年間約25万人が過剰に亡くなると予測されています。特にアフリカや南アジアで、低栄養、暑熱関連死亡、マラリア、下痢症などによる過剰死亡が多いと推定されています。
日本が受ける影響は多様
日本では暑熱関連死のリスクが高いと評価されていて、熱中症の死亡者が増加しています。環境省国立環境研究所の気候変動適応情報プラットフォームでは、気候変動によって熱中症の救急搬送数がどのように変化するかを予測しています。2℃上昇シナリオをたどった場合は1980年からの20年間と比べて、今世紀の半ばに1.7倍増加すると予測されています。4~5℃上昇シナリオをたどった場合は、今世紀半ばで1.7倍の増加ですが、今世紀末には4.5倍になると予測されています。
デング熱も懸念されています。リスクのある地域は熱帯地域が中心で、主に都市部や都市近郊で流行する感染症です。日本国内でも輸入症例が急拡大しています。1950年代、デング熱ウイルスを媒介するヒトスジシマカの国内分布可能北限は北関東あたりでしたが、2015年に青森市で幼虫の生息が確認されました。温暖化に伴って生息可能域は広がり、今世紀末には最大で国土の96%に達すると予測されています。このような感染症に加えて、自然災害によって医療機関の被災や医療体制の混乱が生じて、診療ができなくなることも気候変動の間接的な影響といえます。
メンタルヘルスの悪化も決して無視できません。災害による一時避難や、地域社会の破壊、医療システムの混乱などによって、ひどい場合は自殺、災害後のトラウマ、不安や抑うつなどが起こることがあり、それらも気候変動の影響と考えられます。メカニズムは明らかになっていないものの、気温が上昇すると自殺のリスクが上昇するというデータもあります。
対策は緩和策と適応策の両輪が大切
対策は大別して緩和策と適応策があります。緩和策は温室効果ガスの排出を抑制する対策で、適応策は被害を軽減する対策です。すぐに温室効果ガスの排出をゼロにしたとしても、この先数十年は温暖化の傾向が止まらないと考えられています。そのため私たちの行動変容や、サプライチェーンまで含めてカーボンニュートラルを達成するなど、社会のあり方やシステムを変えていくことが重要です。
日本では緩和策と適応策に対して、すでに法的な裏付けができています。例えば気候変動適応法が2018年に施行され、各自治体で適応計画を策定することが定められました。その中で例えば熱中症は、2030年までの間に死亡者数を半減させるという目標が設定されています。
そのための一方策が熱中症警戒アラートや熱中症特別警戒アラートです。自治体があらかじめ暑さをしのげるクーリングシェルターを指定しておき、特別警戒アラートが発表された場合に一般開放するといった対策がスタートをしています。
コベネフィットという考えも大切です。これは温室効果ガス排出抑制などの緩和策と、健康増進を一挙両得で進めることです。例えば車から自転車に乗り換えたり、近い距離なら歩いたりすれば、車から排出される大気汚染物質や二酸化炭素の排出が抑制され、同時に運動によって心肺機能が強化されます。
昨年10月に世界の200以上の医学雑誌がWHOに対して、新型コロナに伴う緊急事態宣言のように「気候変動および生物多様性緊急事態宣言」を出すことを求めました。一方で私たちの行動や社会のあり様の変化によって、気温上昇の将来的なシナリオが変わってきます。皆さんも今後はコベネフィットのように健康であれば環境にもいいといったことも、ぜひ意識してください。